重野なおき『石田三成の妻は大変』第1巻 戦国時代を生きる夫婦の生活の始まり

 最近は重野なおきの歴史四コマが単行本化される際は、二冊以上同時発売されるという印象がありますが、今回『信長の忍び』第21巻と同時発売されたのが本作。あの石田三成の若き日を、その妻・うたの姿を通じて描くという、非常にユニークな作品であります。

 時は天正五年、羽柴秀吉に引き合わされた石田三成とうた。相手がひそかに憧れていた三成と知って夢見心地のうたですが、三成の方は「妻にしたいとは全く思いません!!」といきなり断言するではありませんか。
 自分はまだ修行中の身、妻に費やす時間があるなら、少しでも自分を磨き、秀吉の役に立てるようになりたい――もっともなようでヒドいことを言い出す三成ですが、秀吉の説得した末、算術で分析した結果「得」になるという理由で、結婚を承諾するのでした。
 いきなり大変なことになったうたですが、腹をくくってこの縁談を受け、晴れて夫婦になった二人――になる前に、婚礼の儀でもひと悶着。その後も過ぎるほどの堅物の三成を支え、うたは妻として大変な日々を過ごすことに……

 実は逸話はおろか、その本名もよくわかっていない三成の妻。「うた」と呼ばれてはいたようですが、これは実家が宇多氏だったからという気もします。
 また、三成も物語の始まりである天正五年には秀吉に仕えていたと思われるものの、まだまだ家臣の一人として埋もれた状態で、歴史の表舞台には出てこない時期であります。

 そんな二人を主人公にするというのは、かなり思い切ったなあというのが正直な印象ですが、そこをきっちり仕上げてくるのが、作者ならではというべきでしょう。
 確かにこの時期、三成はまだ戦場には出ていませんが、武士の仕事は戦場だけにあるわけではありません。そして何よりも、武士も人間としての暮らしを送っているのです。
 本作で(この巻の段階で)三成とうたという、ある意味ごく普通の新婚夫婦を通じて描かれるのは、そんな武士の生活なのであります。

 もちろん、そこで作品のフックになるのが、三成の強烈なキャラクターであることは言うまでもありません。
 うたが密かに憧れていたように(そして結婚後も折りに触れてときめいているように)、美形の三成。しかしその内面は、全て算術で判断する堅物の超合理主義者――当然ながら人付き合いも超ニガテな、ちょっとどころではない問題児なのですから。
(そんな人間を心服させて使っているのだから、やはり秀吉はスゴかったんだ――と変なところで感心)
 この辺りの造形はもちろん、その後の歴史が示す行動や逸話からのいわば逆算ではありますが(美形というのは細面の肖像画から来ているのかなと)――そこからディフォルメして(ギャグ)漫画のキャラクターとして成立させてみせるテクニックは、これはもう作者の自家薬籠中の物というほかないでしょう。

 しかしもう一つの、そして最大の本作の魅力というべきは、三成とうたの間の、夫婦の愛情の姿です。
 上に述べたように人間としては問題多すぎの三成と、しっかりものとはいい難いうた――まだまだ色々な意味で未熟な二人が、それでも夫婦として共に暮らすうちに少しずつその距離を縮め、絆を強くしていく姿を、本作はゆっくりと、そして着実に描きます。
 その姿は実におかしくも微笑ましく、遠い過去に生きる二人に親しみをもたせるものであることは間違いありません。

 そしてそんな中でも特に印象に残るのは、胃腸の弱い三成のためにと、うたが自らニラ雑炊を作るくだりでしょう。何とも微笑ましいエピソード、その後にくるオチもまた実に楽しいのですが――三成の事績に詳しい方であれば、アッとなるところでしょう。
 そうかそういうことか! と驚かされる(そして先の――というか一番ラストの展開を想像してグッとくる)展開は、歴史四コマ漫画の第一人者ならではと、唸るほかないのです。

 さて、天正五年といえば、織田家は各方面に敵を抱え、いわゆる第三次信長包囲網という時期。当然ながら秀吉も最前線で戦い、そしてやがて三成もそこに加わることになります。
 そこで何が待つのか、そしてその中で三成とうたは何を見るのか――戦国時代を生きる夫婦の物語は、ここからが本番であります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?