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横山起也『編み物ざむらい』 特技はメリヤス編み!? 生きづらさを解きほぐし、編み直す侍

 編み物作家として活躍する作者の初時代小説は、江戸を舞台に、メリヤス編みが取り柄の青年武士・感九郎が奮闘する極めてユニークな物語であります。故あって主家と生家を追われた感九郎が出会ったのは、悪党相手に「仕組み」を仕掛ける奇妙な男女たち。彼らの仲間に引き込まれた感九郎が見たものは……

 武家の間でも評判の高い蘭方医・久世の不正を知り、告発しようとしたものの、逆に主家・凸橋家から召し放たれた上、父親からも勘当されてしまった黒瀬感九郎。内職の編み物道具のみを手に、行く当てもなくさまよっていた彼は、御前と呼ばれる年齢不詳の美女と、大男の手妻師・寿之丞(ジュノ)という奇妙な二人に出会い、成り行きから彼女たちの暮らす屋敷を訪れることになります。

 そこでさらに御前の仲間である女性戯作者の小霧(コキリ)と出会った感九郎は、メリヤスを編めることを知られ、強引に彼女たちが進める「仕組み」――幕閣に食い込もうとしている前科持ちの商人の正体を暴くという企ての片棒を担がされることになります。
 コキリ発案の奇想天外な策に編み物で協力し、首尾良く「仕組み」を成功せた感九郎。しかし標的の用心棒に命を狙われ、窮地に陥ったその時……

 『編み物ざむらい』というタイトルを見た時、大抵の方は、なるほど、編み物を特技とする侍が、その特技で人助けをする一種のお仕事小説だと思うのではないでしょうか。

 私も初めはそう思っていたのですが――何とその実、本作はそれぞれ特技を持ったメンバーがチームで悪を懲らしめるという物語。それもいわゆる必殺ものというより、コンゲームやケイパーもの的な趣向の強い物語なのであります。
 衆人の前で標的が隠している入れ墨を露わにする、滅多に姿を見せない標的が身につけた鍵を奪う――そんなミッションを、個性豊かなメンバーが力を合わせて達成していく。そんな中に、主人公である感九郎も加わることになるのですが、さて編み物が何の役に立つのか? 一見無関係なように見えて、役に立つどころかミッションの鍵になるという意外性が、本作の面白さの一つでしょう。

 しかし、本作はそうした痛快な活劇とはまた異なる側面を持つ物語でもあります。それは一種の生きづらさを抱えた人々の物語とでもいうべきでしょうか――時にエキセントリックにすら見える個性的な登場人物たちが心に抱えたもの、あるいは心を縛るものを、物語は随所で描いていくことになります。
 そしてそれは、感九郎も例外ではありません。幼い頃から厳格な父により「侍として正しく生きること」を厳しく求められてきた感九郎。その結果、彼にとっての行動原理は「正しさ」となり、それが彼を時にお人好しに、時に四角四面に見せ――そして彼が放逐されるきっかけとなっているのであります。

 しかしそれは同時に、彼の中に満たされない想いを生み出すことになります。彼自身「穴」と呼ぶその虚無は、彼の心の中に、常に黒々と存在しているのです。そしてそんな彼自身の「穴」と――あるいは他の人々が自分を閉じこめている「檻」と、彼は「仕組み」の中で直面していくことになります。そこで彼は何を見るのか、そして彼に何ができるのか……

 と、そこからの展開は実は「こうくるの!?」と相当に意表をついたものとなります。この展開を事前に予想できる読者はまずいないと思うのですが――しかしそこに感九郎の特技である編み物を絡めることで、本作には不思議な説得力が生まれています。
 そこで描かれるのは、いわばもう一つの「編み物」――彼自身や他人が抱えた「生きづらさ」を解きほぐすこと、そしてそれを新たな形に編み直すこと。その果てに感九郎が自分を縛る「正しさ」と、もう一人の自分が潜む「穴」の存在を受け止め、それを解きほぐして新たな自分を編み上げていく姿は、感動的ですらあります。

 物語として、粗削りに見える部分もあります。特に、不可能ミッションものという点で見ると、かなり勢い任せの展開には物足りなさもあります。また、上で述べたもう一つの「編み物」も、一歩間違えれば、物語を破綻させかねないものにも感じられます。
 しかし本作は、そうした部分も含めて、全体としてみればある意味奇跡的なバランスでまとまり、そして極めて個性的で、そして不思議な魅力を織りなしている物語でもあります。

 それを作者が編み物作家だから、とまとめてしまうのは「うまいこと言った」類の言葉遊びになってしまうかもしれませんが、そんな気持ちにもなる――唯一無二の、奇妙でそして魅力的な作品であります。


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