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つるみ犬丸『大奥の陰陽師』 魔術師と占術師の狭間に立つ少女の奮闘記

 江戸城内の女の城・大奥――そ時の将軍吉宗の命を受け、そこで起きる怪事件の真実を暴く少女陰陽師・雲雀の活躍を描く物語であります。先祖代々伝わる妖狐の式神・葛忌とともに、大奥で起きる怪異の正体を暴くべく奔走する雲雀。しかし事態は思わぬ方向に進み、将軍吉宗を狙う刺客の存在が……

 時は享保、安倍晴明の血を引き、代々伝わる妖狐の式神・葛忌を使役する雲雀は、気弱な父が細々と営む占い師を手伝い、陰陽小町と呼ばれる娘。そんなある日、大岡越前守に呼び出された彼女は、一つの密命を受けることになります。
 江戸城内でありながら、他と隔絶された大奥。そこで起きる一見怪異の仕業に見えるような事件の数々を解決し、歪みを正す――そんな一種の隠密役を務めてほしい。思わぬ命ながら、敬愛する吉宗のため、そして苦しい家計を助けるため、雲雀は二つ返事で引き受けるのでした。

 そして大奥の老女・津岡の部屋子となった雲雀は、得意の占いを生かして周囲の悩みを解決しつつ、 様々な事件――世話役の見ている前で忽然と消えてしまった猫、津岡の部屋に生み捨てられていた赤ん坊といった事件が、大事になる前に未然に防いでいくことになります。
 しかし、大奥の開かずの間で目撃されたという幽霊を調べていた彼女は、そこで何者かが実際に潜んでいた痕跡を発見。はたして侵入者は、死なない男と異名を取る伝説の忍び・尾張の佐吉なのか? 御庭番たちとともに対処に当たる雲雀ですが、彼女の前には、思わぬ陥穽が待ち受けていて……

 先祖代々からの口の悪い式神を従え、大奥で起きる様々な事件を解決していく陰陽小町――本作は、そんな設定から受ける破天荒なイメージとは少々異なり、丹念に描かれた伝奇時代小説という印象があります。

 その理由は、大奥という特殊な場にまつわる――そしてメディアワークス文庫というレーベルの読者層にはなじみの薄いであろう――様々な史実を描きつつ、それを物語の中に有機的に取り入れ、ストーリーに直結し・動かす要素として描いている点がまずあります。
(さらにいえば、吉宗にまつわるある史実が、終盤の仕掛けとして機能するのも巧い)
 しかしそれ以上に、「大奥の陰陽師」と呼ばれる彼女の設定に加えられた捻りが、大きく作用していると感じます。

 「陰陽師」という語を――特にフィクションの世界で――見た時、我々の頭には、ほぼ「魔術師」と等しいイメージで受け止められるのではないかと思います。
 しかし史実の「陰陽師」は、むしろ「占術師」――一種の技術者として天文暦法や占術に通じた存在であり、そして江戸時代には市井の占い師が、土御門家の鑑札を受けて陰陽師として活動していたのです。
(ちなみに作中では色々あって雲雀の父は鑑札を受けられず、それが雲雀の大奥勤めの理由の一つなのも面白いところです)

 そして本作の雲雀は、まさにこのイメージの二重性を体現する存在といえるでしょう。何しろ彼女は、吉宗や津岡を含む周囲から腕利きの占い師兼カウンセラーとして見られている一方で、その実、葛忌による超常的な能力を持つ存在なのですから。
 そもそも吉宗の狙いは、大奥で起きる様々な事件が、「怪異」の名の下に包み隠され、有耶無耶にされてしまうのを防ぐこと。いわば「怪異」の正体を暴くことだったのですが――市井にいた頃からそれを得意としてきた彼女が、実は「怪異」と共にある存在という構造が、実に魅力的に感じられます。

 そしてそれを雲雀が周囲に伏せていることから、物語に一種の特殊探偵もの的な味わいが生まれているのも巧みと感じます。葛忌の持つ、場所や物の過去を見る能力――事件解決には強力な切り札となりえるその力は、決して表には出せるものではなく、雲雀はあくまでも他者に通じるロジックで、事件を解き明かし直さなくてはならないのですから。
 また彼女は、葛忌を憑依させることで超人的な肉体能力を発揮できるのですが、その事実も同様に隠さざるを得ず、それが終盤、逆に彼女を窮地に追い込むのも実に見事です。

 そして本作は、雲雀の成長小説としての要素も色濃く持ちます。過去にある事件で母を喪ったことに深い後悔の念を抱き、母の残した「人に優しく」という言葉の下に生きてきた雲雀。本作はそんな彼女が「陰陽師」として人の悩みに接し、他者と触れあう中で、その言葉の真の意味を悟っていく物語でもあるのです。

 時代ものとして、陰陽師ものとして、成長物語として――作中での「陰陽師」の意味のように様々な顔を持ち、それがいずれも魅力的な本作。かつて時代ものがしばしば刊行されていた、レーベル初期の作品を思わせる快作であります。


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