見出し画像

向日葵の花言葉《①》

あの日の謙虚な雨音は今でも鮮明に鳴り響き未だにその音が耳から離れない。
あの日以来あまり好きじゃなかった雨の日は私に恋から愛の違いを教える特別な日になった。

『あ~、美味い!今日も普通に幸せ!』

と、グラスに入った赤ワインを一気に飲み干し満面の笑みを浮かべる彼の横顔。この顔を見ることが今の日常であり私の至福の瞬間である。こんなに平凡で穏やかな時間があることを初めて彼が教えてくれた。これ程心穏やかに人の心を満たしてしまうことがあるのなら、これ以外何も望まないから出来る限りこの横顔を独り占めしたいと願っていた。
そんな彼と知り合ったのは、よくある話なのだが仕事を通じて知り合った。初めて会った時から

『はじめまして。』

の感覚はなく前からこの人を知っていた様な不思議な感覚に囚われていた。私達はとにかく性格が正反対なのに感覚がよく合い言葉ではうまく説明できないけれど、もう1人の自分を見ている様に考えていることが何となくわかってしまい、ほっとけない気持ちになるのだ。

お互いはっきりとした言葉を交わしたわけではないけれど自然と一緒にいる事が当たり前になっていた。私達はお互い仕事が忙しくてなかなか会う時間がなくせめて夕食だけは一緒に食べるようにと合間を見つけては同じ時間を過ごす心がけをしていた。彼は今まで会ったことの無い程楽観的で、仕事などの悩み事を相談しても悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなるくらい、いつも前向きな気持ちに変え笑わせてくれた。こんな人の隣にずっといられたなら、この先どんな試練が起こっても楽しみに待っていられる気がした。そんな風に自然と思える人と出逢えた奇跡に、心の中で何回神様に感謝しただろう。彼と過ごす時間はあっという間に過ぎてしまい、いつも離れがたくてしょうがなかった。彼はこんな私の気持ちを知っているのだろうか?そして彼も離れがたい気持ちになっているのだろうか?いろいろ聞きたいことはあるのだが、あんな出来た彼にこんな野暮な質問なんてしたら、『何て器の小さい奴なんだ~』と思われるんじゃないかと思い、モヤモヤした気持ちはいつも息と一緒に飲み込んでいた。

ある日、いつもの日課の電話をしていると、彼から『久しぶりに2人で休みを合わせて昼間からデートをしないか?』と計画を持ち掛けられた。彼がそんな事を言うなんてとても珍しかった。その言葉を聞いた瞬間私はあまりのウレシさに気持ちは地球を飛び出し、それ以降、彼の会話が入ってこなかった。こんな絶好なチャンスもないだろうと思い、ダメもとで私は彼に思いきって2泊3日の小旅行を提案してみた。すると彼は快く受け入れてくれた。物凄く嬉しかった。一体いつぶりの旅行だろう。私の気持ちは高鳴り出し、まるで止まることを忘れたゼンマイ時計の様に加速し続けていた。もう楽しみ過ぎ!っていうものではない。絶対楽しい旅行になるように行き先は全て彼に任せて身の回りの下準備だけは入念に開始した。そんなに長い休みもとれない2人なので、あまり疲れないようにゆっくりできる時間の確保を優先するべく行きたい所リクエストはしなかった。

待ちに待った小旅行当日、彼が予定通りに車で迎えに来てくれ小旅行スタート!天気も嘘みたいに澄み切った快晴!どこまでついているのだろうか?神様ありがとう!と大声で叫びたい気分だった。久しぶりの昼間からのデートに、私はただそれだけで上機嫌でニコニコが止まらなかった。すると彼が『あのさ、今回の旅行でさ、どうしても連れていきたい場所があるんだ。楽しみにしててよ。』

と得意気な横顔で私にサプライズ宣言。もう、それが何なのか気になってしょうがなかったが、無駄な詮索はせず楽しみに待つことにした。思えば、付き合いだして約1年、こんな風にゆっくりと2人でいることなんてあまりなかったかもしれない。それぞれの生活を優先して、それぞれの夢を叶えるために2人でいる時間を削って頑張ってきた。そんな日々に不満があった訳じゃない。彼とならこの先ずっといられると思っていたから、なかなか会えない時間は今だけのものだと思えていた。だから今この時間を過ごせる幸せはとても愛おしい大切な時間に感じていた。初めて訪れる場所・初めて見せる顔・初めて思う事。たかが小旅行かもしれないけど、とても楽しくこのまま時間が止まってしまえばいいなんて思っていた。自分の将来も大事だし、彼との時間も大事だし、1日が24時間以上あったのならいいのになぁと、たまに一緒にいる時間が出来ると邪な自分が顔を覗かせた。愛しい人といることはこんなにも心に潤いを与え色を付けるのだと思った。今までも周りの景色や町並みには色はついていたけれど、気持ちが満たされるという事は、こんな風景変えてしまうものだと実感した。楽しい時間というものは、あっという間に、過ぎてしまうもので気付けば旅行最終日。

今日、彼が前から言っていた連れて行きたい場所に私を連れていってくれる日だ。そう思うと、心がウキウキして止まらない。そんな私と相反するようにソワソワし出す彼。いつも落ち着いている彼が珍しく挙動不審な様子に、違和感を覚え、まさかこの幸せ絶頂の末路に別れ話でもされるのかと、嫌な予感が頭をよぎった。もしもそうだったとしたなら、思えばこんな立地条件がいい人と付き合い夢のような時間を送っていた事自体が、奇跡的な事だったのだと、短い幸せを噛み締めながら心の準備をした。その時、

『着いた!』

と彼は叫び車を停めた。頭の中がネガティブの渦で覆われていた私は、その声にビクッとしながら、我に返り車の外を見て驚いた。その瞬間私の目に飛び込んできたものは、すぐに私を車から降ろしてその光景を視界に吸い込ませた。それは何にも、遮られることもなく咲き誇るひまわり達が命一杯顔をこちらに向けていた。まるで絵画を思わせるかのような澄み切った青い空と黄色い海とのコントラストは見事なまでに絶景で息を吸うことさえも許さなかった。すると隣にいた彼が、物凄い勢いでこちらを向き、

『今日で付き合って1年。結婚前提に同棲しませんか?』

とポケットから1つの鍵を差し出しながら突然の告白。私は思考回路は止まり頭が真っ白になった。余りにも突然の事に固まっていると彼は不安になったのか

『……返事はゆっくり考え……』

の言葉に急に我に返った私は慌てて

『ハイ!住みます!一緒に住みます!』

と返事を返した。すると、彼も彼で拍子抜けしながら

『本当?本当に?良かった~!』

とハニカミながら満面の笑みを浮かべる彼。いつもと様子が違った理由はこれだったのか。とホッとしながらいつも余裕しか見せない彼でもこんな風に緊張することがあるんだなぁと物凄く愛しく感じた。そして、これからあの大好きな横顔が毎日見られるかと思うと嬉しくてたまらなかった。

旅行から帰ってきて、すぐ私達は一緒に住み始めた。朝起きていつも目の前にするのは彼の寝顔。腕の感触を感じながら目を覚ます朝。寝顔がこんなにも愛しい時間をもたらすものだなんて知らなかった。離れがたい時間を噛み締めつつそれから2人で朝食を食べ彼の『行ってきます!』を見送る。こんなに幸せを命一杯感じていいものかと顔から笑みを零しながら、出勤する生活が今の私の日常に変わった。ほんの少し前では考えられない事だった。そんな夢みたいな毎日がずっと続くと疑わずに大事に過ごしていた。いつかの小旅行ではないけれど楽しい満ち足りた時間は時の流れをとても短く感じさせるもので、同棲を始めてからあっという間に1年程が過ぎていた。

そんなある日、アパートにあともう少しで着こうかという時突然見知らぬ番号から着信が入った。

電話の用件は意味不明な内容で訳も分からず指示された場所に急いで向かった。到着し広く長い廊下を通ると、とある部屋に案内され扉を開けるとそこには見知らぬ人が横たわっていた。
『この人は?』

私の記憶は混濁し全く思い出せなかった。
しかし、私の体は勝手に一歩また一歩と横たわる人へ足が進み自然と両手でその人の頬に触れた。

ここから先は

0字

¥ 200

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?