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「平穏死」Fさんの場合~終末期の点滴、する?しない? ご家族の意見が合わない時・・・

 Fさんは96歳の女性でした。
とっても気が強く、はきはきと物を言い、イエス、ノーをはっきりと伝えてくださる方でした。
アルツハイマー型認知症で10年ほど前から要介護状態で、足の筋力も衰えて車いすでの生活でした。
 ご主人はだいぶ前に亡くなり、子どもは長男、次男長女の3人、次男は独身で長い間母親と生活していました。
自宅での介護が難しくなり、施設に入居されました。


Fさんの施設での生活

 陽気で明るい性格のFさんは、歌が大好き。
いつも歌をうたい、ノリが良く、周りの人を楽しませる名人でした。
気に入らないことがあると、時には大きな声で怒ったりもしましたが、素のまま、感情のままのFさんは人気者でした。
施設行事で運動会などをするときもハッスルし、玉入れの時は、力みすぎていつもボールは前に飛ばず、笑いを誘っていました。
夜中眠れない時、部屋で一人大きな声で「蛍の光」を歌うのでした。

スタッフ「他の人が眠れないから、もう少し静かにしてくださいますか?」
Fさん 「えっ?歌ってないで・・・」
     ???

意思のはっきりしているFさん、食事も好き嫌いがはっきりしていました。
特に野菜が嫌いで残します。
目の前に並べるだけでも怒っていました。


食事量の低下

 そんなFさん、だんだん食事の量が減ってきました。
「いらんて言ったら、いらんのや」
「下げてか・・・」(下げてくれ)

「せめてこれだけでも・・・」スタッフが勧めますが、逆に怒ります。
「しつこいな・・・」
これも、自然な老衰の経過です。

石飛医師はこのように言っています。
「人は食べない、飲まないから死ぬのではない。」
「その時期だから、食べないし、飲まないのだ」
と。
私たちには、はかり知れない「老衰の安定状態」があるのです。

子どもさんたちへのお話

 年齢的にも、老衰の事、亡くなる事、ご本人の死生観ご家族の死生観を含めたくさんの話をご家族と繰り返します。
長男さんは、ご自身の体調不良で来園することはほとんどありませんでした。次男さんと長女さんは、意見が全く違いました。
 お母さんが近いうちに、亡くなる事の覚悟は出来ていても、その経過についてはお二人のイメージが全く違ったのです。
ご本人がしっかりと意思を伝えてくれるので、我々はご本人の意思を一番大切にしたいと思いました。

長女さんの思い

 看護師をしていた長女さんは、100歳を超えたお姑さんを最後まで病院で医療を受けさせながら亡くした事を、とても、とても後悔していました。
肺炎をこじらせて入院し、絶食となり、点滴、高カロリー輸液、褥瘡じょくそうができて痛がり、お姑さんは「早く死なせて、もう十分ですから」と言いながら苦しんで亡くなったそうです。
 その経験があるからこそ、自分の母親には医療的な事は、何もせず「平穏死」を望んでいました。
長女さんは、次男との意見の違いは知っており、スタッフから次男へ説得してほしいと頼まれました。

次男さんの思い

 食べられなかったら、点滴をするのが当然ではないか。病院に行くことは望まないが、せめて点滴くらいしてもらいたい・・・
 そんなお考えを持っていました。
平穏死の経過を説明しても、なかなか理解していただけず、来園されてお母さんの様子を見ると
「食べさせてもらってないから、弱ってきた・・・痩せてきた・・・」と言うのです。スタッフはとても辛い思いをしていました。

次男さんとの面談

 次男さんからもたくさんの話を聞きました。
ずっと一緒に生活していた、ちゃきちゃきのお母さん、明るく楽しいお母さん、一緒にいろんな所へ行ったそうです。公園の車いす用のトイレに入って出られなくなって困ったこと、○○へ行って○○がおいしかったこと、思い出話をしてくださる間に、最後葬儀の話になりました。
おそらく自分が喪主にならないといけない葬儀、具体的な話を進めると、とても冷静に、次男さんは母親の死を覚悟されました。
 しかし、一方ではやはり、何にもせずに亡くなっていくことを受け入れられない状態でした。このままでは次男さんに後悔が残ると思いました。

Fさんはスイカが好きでした

Fさんの終末期

 食べない、飲まない状態が数日続き、眠っている時間も増えました。
口にしたいものを尋ねても「いらない」と言いますが、息子さんや娘さんからの差し入れだと伝えると、スイカの汁などをほんの少し、口にするのでした。
 医師にも相談をし、1本だけ点滴の処方をしてもらいました。
Fさんと長女さんに、次男さんの思いを伝え、了解をしてもらい、足から点滴を開始しました。ほんの少しだけ・・・次男さんが会いに来る時だけ少し滴下させるようにしました。
次男さんは、とても安心した表情をされていました。
長女さんはその日から同室に泊まって下さり、お母さんにたくさん話しかけてくださっていました。

その2日後、眠るようにFさんは旅立たれました。

ちょうどお盆のころでした

高齢者の終末期、実は点滴をすると身体はもう受け付けられず、痰が上がってきたり、身体にむくみが出る場合があります。
本当は点滴をしない方が、ご本人は楽そうだということを、私たちは経験上理解していますし、最近の常識になりつつあります。
ただ、まだまだ、世間的には食べられなかったら「点滴」という認識の方が多い現実があります。

Fさんも、最後は痰が上がってきてしまい、吸引(機械で痰を吸い取る事)を1回だけしました。

「平穏死」の実際を伝えていかなければなぁ・・・
と改めて思うFさんの「結いけあ」でした。


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