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ある町の古書店で

 東北の日本海沿いのある町にここ15年以上も決まって出かけている。まったくの仕事であるのだが、春先だったり夏だったり、晩夏だったりする。不思議と冬はない。特に雪の多い土地ではないようだが、多分日本海からの風は強いはず。

 通い始めた頃は、なんだか眠たい町だと思った。春先のはっきりしない曇り空のもと、開いているのか閉まっているのか分からない店も多く、容易に観光客になりきれなく困った。昔大火があったから無理もないのだが、私の大好きな古い町並みもなく、中心の商店街もちょっと味気ない通りで、この地の普通の日常が緩慢に続いていた。しかし、それでも文化財建築がいくつか点在し歴史や文化はしっかり息づいていた。

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 毎年、仕事の前後には必ず町を入念に歩くようにした。しかし1時間歩いても人とまったくすれ違わないことも多く、最初は不安に思ったものだが、今ではすっかり慣れてしまった。いや、むしろそれが心地いいほどになった。まさかANAの機内誌の取材でここにいるわけでもないので忙しく写真を撮る必要もなく、気まぐれにゆっくり歩くだけで案外時間も順調に進んでくれる。時たま、古い喫茶店に入ったり、前述の文化財の建物などで柱時計のカチカチを聴くように呆然と過ごせばいいなどと決め込んできた。

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 それでも、何年か前からはある空間を積極的に愛でるようになり、その行きがかりのようにして町の皆さんを連ねての「ワークショップ」を行ったり、店舗の軒下を借りて密かに作品展示を行うなど、一方で少し積極的に町に関わってみた。町を皆さん自身が再発見する試みを提供できたかもしれない。仕事が仕事を呼んだといっていい。そうして町の細部を丁寧に見ていくと、人とあまり行き交うことがない町であっても、人の暮らしの気配はちゃんと伝わってくることが私でもよくわかるようになった。その町の「気質」を経験や出会いを通して理解できてきたということだろう。

 夜ともなれば、都会などの脂っこい歓楽街とは違うしっとりした情緒も漂い、店を覗くまでもなく話好きの店主と止まり木に座った客の姿を想像するのが楽しかった。

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 1年前。商店街で古書店を見つけた。ガラガラと戸を開けて入ったら、手前と奥のみに積まれた本や棚があって、中央部は間が空いていた。なんとなく店じまいのように思えたが営業中だという。「キネマ旬報」、「太陽」といった雑誌が何冊もあったので、きっと店主は私と同じ世代だろうと思えた。入り口付近の EPレコードの入った箱が気になり、一枚づつ見ていった。

 「タイガース」、「ブルーコメッツ」、「テンプターズ」、「ピレッジシンガーズ」などのグループサウンズ。それに「野口五郎」のレコードがやけに多い。やはり私と同じ世代のようだ。とても親近感はあるが、ここで話し込んでしまうと、滔々と流れるように「昭和」が続いてしまうのでやめておいた。今度来たら何枚か買ってみようかと店を出た。

 そして 9ヶ月後の今年の6月。今度はレコードを買おうと再び古書店を訪ねてみたら、店は開いているものの店主の姿が見えなかった。入り口に貼ってあった店主の携帯番号に電話したら、仕事中なので店には行けないのだが、隣の果物屋さんに代金を渡してくれればどうぞ買って行ってくれとのこと。ずいぶん不用心な古書店だが、このペースがここの持ち味なのだろう。

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 この時は2枚レコードを買った。隣の果物屋さんのおばちゃんは怪訝な顔をすることもなく、代金500円を受け取った。

 さらに9月。またまた古書店を訪れた。もちろん仕事の前日。今度は店主がいた。3ヶ月前のお客だと名乗ったら覚えていた。「野口五郎が多いですね」というぐらで今度もあまり「昭和」の話はしなかった。野口五郎よりも古い時代の流行歌3枚に加え、ちょっと変わったレコードを新たに買った。「新宿1969年6月」。当時のラジオニュースが音源のドキュメント。店主がこのレコードをどこで聴いたものか、この町でだったのか、あるいは東京でだったのか、同世代の私としてそのぐらいは尋ねてみてよかったのかもしれなかった。

「若い明日」、「川は流れる」、「 1969年」、2021年、確かに時間が流れている。

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古くから様々な読者に支持されてきた「アサヒカメラ」も2020年休刊となり、カメラ(機材)はともかくとして、写真にまつわる話を書ける媒体が少なくなっています。写真は面白いですし、いいものです。撮る側として、あるいは見る側にもまわり、写真を考えていきたいと思っています。