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火星の写真家|ショートショート

昨日の夜発射された宇宙船は、3日前に到着していた。

ねじり、ねじり。今と明日と、2分前が入り混じる火星のじかんは、とらえどころがない。

ひんやりと冷たい扇状位ガラスの窓に頬をぐいと押し当て、熱った顔の熱をすこしでも逃そうとしているニイ宮は手の中の大きなキカイを見つめた。

船内はハワイアンタイムとかで、ゆったりとしたウクレレの音とハイビスカスの香りと、ゆらりと揺れる太陽が、ズンズンと気温をあげていた。

自分よりも年下の人間と話すのは気を使うので、人混みを避けながら窓ぎわまで逃げて、手元の機械を手入れしているような雰囲気をだしつつ、きついココナッツの香りのする透明の液体を喉の奥に流しこんでみる。

「それカメラですよね。ぼく初めて見ました」

ああ。久しぶりに声を出そうとするけれど、音は喉に張り付いて口元で薄くなる。

彼は初めて見るカメラに興奮して捲し立てるし、時々混ざる外国の訛りでなにをいいたいのかよくわからなかったが、要は使ってみたいということらしい。

私は口角を無理矢理左右に引っ張り上げて、こう言った。

「まずは、一枚。私があなたを撮らせてもらってもいいですか」

男は呼吸が出来るよう手術をうけている、と言って薄い二次スーツに身を滑らせた。

私はというと、このカメラのためにスーツを着ないで動けるよう、火星の強い紫外線から皮膚を守る手術も受けているので彼がスーツを着るのをぼおっと見守っていた。

今やオリンポス山は有名な観光スポットで、昼夜を問わず人々が訪れているが、私が裏側と呼んでいるあの場所は、人も少なく撮影にはぴったりの場所なのだ。

カメラ慣れしていない人を撮るときは、細かく指示をするとがちがちになってしまうので、自由にやってもらう。でも今回はいらぬ心配だった。

彼は最初からそこにいたかのように、立っていた。

火星の冷気と彼の熱気が呼応して、見事な火星オーラが見えていた。私は夢中で写真を撮り、その写真が後に火星の写真家としての代表作となった。

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