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Seventeen's Summer 17歳の最終楽章Ⅱ 第27話

「ああ、この前キスした」
 
「え?」

思わずケンシを二度見した。
 
「嘘だよ。時々二人で買い物にいってるよ」
 
「冗談もほどほどにしろよ」
 
「あははは、じゃあ来週誘うからな」
 
夏休み前の晴れた土曜日は近所の海岸で昼寝したり、泳いだりするのがケンシ達グループの楽しみだった。そうはいっても、この辺りは遊泳禁止のため、泳ぎはそんなに楽しめないから、メインは唐揚げやピザを買って行って、寝転びながら飲食を楽しむことだった。
 
ユウキが一足遅いコロナウィルスに感染したのは、あと3日で夏休みという日だった。

「なんで今ころコロナになるかな」
 
寮を出ようとしてると、ケンシが後ろから話しかけてきた。
 
「たちの悪い風邪といっしょだよ。1週間で帰ってくるから待っときな」
 
ユウキのいる寮ではコロナに感染した生徒は近くのビジネスホテルに缶詰めにされていた。

これまでも何人もの生徒がコロナに感染していたが、すでにコロナが治まったこの時期に感染するのは珍しかった。この半年くらいは感染した生徒はいない。
 
「またかよ、海に行こうって言ってたのに」
 
ケンシが背中から言葉をかけてきた。
 
「帰ってきたら行くよ」
 
「絶対だぞ」
 
振り返ってケンシを見る。ケンシが寂しそうにこっちを見ている。視線を上げて寮の門を見上げた。今までちゃんと門を見たことなどなかった。しみじみと見上げると入学した時のことを思い出した。塾に行ってさんざん勉強してやっと合格した。この校門をくぐることが夢だったのに、入学してしまうとそんな気持ちはどこかにいってしまっていた。それでも、門を見るとその時のことを思い出す。なんとなく心が湿っぽくなった。
 
門の下に立って見送ってくれているケンシの姿がぼんやりと視界に入った。
 
「ユウキ、元気でな」
 
「何言ってんだよ。来週には海に行けるよ。あ、それから夏休みにさ、熱海の花火大会行くだろ、優里と計画練っといてな」
 
「わかった」
 
手を振るケンシがどことなく寂しそうに見えた。
 
なんだよ、1週間いないだけなのに。いつもと違う朝が怖いのか?2人でジョギングできないのが寂しいのか。まあ待ってろすぐに帰ってくるから、そんなことを考えながら寮をあとにした。
 
コロナに感染して隔離されるホテルでのルールは、外に出ないことと、人と接しないことだった。食事は毎日届けられて部屋のドアの前に置かれた。コロナの患者用に特別にパッケージされているようだ。
 
ホテルの部屋でユウキは料理番組や、ネットの調理動画を見て時間を過ごした。隔離されているから部屋の中は一人っきりだ。だが寂しくはない。むしろいろいろなアイデアが出てくる。今の自分にはいい環境だと思えた。
 
復帰したら料理教室通ってみようか、料理番組を見ながらそんなことを考えていた。
 
ホテルに監禁されて3日目の土曜日は、窓からさす日差しの暑さで目が覚めた。シーツが汗で湿っている。時間は11時を過ぎたところだ。7月20日。
そういえば今日は1学期の終業式だ。終業式に出なくてよい身分が不思議だけど仕方がない。明日からは夏休みだ。あと4日でみんなと合流できる。帰ったらニシカワと仲直りをしたい、いやそうしよう、心に誓った。
 
ケンシからラインが来ていた。優里といっしょにアイスクリームを食べている姿だった。
 
“帰ってきたらいっしょにたべようぜ”
 
特にアイスを食べたいとは思わないのに、ケンシらしいな。そういえば今日、ケンシ達と海に行くはずだったな、ペットボトルの水を飲みながらケンシの姿を思い出していた。
 
部屋の端に寄って窓から外を眺める。空は澄んでいる。一人ぼっちで窓から空を見ていると、どこか知らない国に来たような気になった。
 
20階の部屋の窓から見える町並みは夏の日差しを受け、建物からは湯気が上がっているようにも見える。
 
「今日は暑そうだな、泳ぐと気持ちがいいだろうな」
 
窓のロックを外して風を入れ替える。たまにはこういう生活もいいものだな。独り暮らしを始めた気分だ。
 
毎日が心地いい。一人でいることが、そしてやりたいことだけをやれることがこんなに素晴らしいものだとは思わなかった。すべてが生活を彩ってくれる。
 
シャワーを浴び、気持ちを切りかえ、ノートパソコンを立ち上げた。パソコンの手前にノートを開いている。料理の動画を見て気に入ったものだけをノートにメモしていった。このノートさえあれば好きな料理を作るときに、動画をいちいち探さなくていい。
 
同時に、別のノートにこれからの予定を書き込むことにした。調理師や料理ユーチューバー、料理研究家などの文字が並ぶ。ユウキの中で、高校を卒業したら調理の専門学校に行こうという気持ちが固まりつつあった。
 
画面の中で料理人が手際よくフライパンを振る姿を見ると心が弾んだ。ノートを左手に持ってゆすってみる。気持ちはいっぱしのシェフだ。
 
そんなことをしながら時間をつぶし、気が付くと時間は午後の3時を過ぎていた。
 
そういえば何も食べてなかった。そう思うとお腹が鳴った。ドアを開けると朝の弁当の横に昼の弁当が並んでいた。弁当を持ってテレビの前に座る。空っぽになった胃袋にまず水を流し込んだ。
 
充実感が体を包んでいる。コロナに感染したからここにいるが、コロナの影響はほぼなかった。解熱剤で熱はすぐに下がったし、咳とのどの痛みが残っているが、具合がわるくなるような症状はほぼない。

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