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『そういう生き物』

物語の主人公は高校時代の同級生、原田千種と広川まゆ子。偶然の再会から千種の家での同居が始まる。千種にとってのまゆ子は、一緒にいても“なんの邪魔にもならない。ちょっとまぶしいだけ”、まゆ子から見た千種は高校時代と変わらぬ姿に“ほれぼれする。人ってこんなに変わらないものなんだ”と。
女同士の同居と思って読み進めていくも、何か違和感を感じる。物語は、千種目線とまゆ子目線が交互に描かれているが、まゆ子目線の話がどうも違和感の原因だ。

透明になるということは見えなくなることではなく、中まで見えるようになることだったのだ。それはあたしにとって大きな発見で、ひとつの事件だった。中に入っているのはどうせ同じものなのに。目にみえるって、それだけで暴力的で、いやらしい。
子どもの頃、まわりは異星人のようだった。あたしにとって、いつも。大人になるとそれは少し変わった。異星人は自分の方だと気がついたのだ。
もしもゼロから自分を作れるとしたら、あたしは気体になりたい。そしたら世界中に広がって薄まったり、ぎゅっと縮まって誰かをーたとえば千種をー包んだりするのだ。


少しずつ小出しになる情報、そして半ば過ぎたあたりでその違和感がはっきりする。

まゆ子は、戸籍の上では男性だった。しかも2人は高校時代、付き合っていた。恋人同士だったのだ。まゆ子は千種を好きだったけど、体や心の主張は理性だけではどうにもできず、千種を傷つけ、そして2人は別れた。
そんな2人の同居生活に光を与えてくれたのが、小学生の央佑くん。彼は千種が慕う大学時代の恩師“先生”の孫だ。央佑は学校に通えなくなっている子どもで、家で家庭教師から勉強を教わっている。央佑が千種の家に持ち込んだ2匹のカタツムリ。昼間仕事に出ている千種に代わってまゆ子が央佑の相手をする機会が増えていく。2人の会話はクスリと笑える。

千種との関係を央佑に聞かれ、親友になりたかったし、恋人になりたかったけど、どっちにもなれなかったと言うと、央佑は

「大人はときどき、意味のわからないことを言う。だって女同士じゃん。」
「女同士は恋人にはなれないの?」
「わからない。でも結婚はできないんだよ。でも結婚しちゃうとたいへんだから、しないほうがいいよ」

小学生の言葉はストレートでウソがない。その分説得力がある。核心をついてくる。そしてカタツムリが物語に大きな意味を持つ。カタツムリの交尾を見てまゆ子がどっちがオスか聞くと、「どっちも。どっちもオスでどっちもメスなんだよ」と教えてくれる。そしてまゆ子は、千種との苦い経験を思い出す。と同時に、こういう愛のカタチもあるということを知り多少なりとも救われたと思う。

千種は千種で、“先生”を好きだがどうにもならないことをわかっている。先生には重い病気の奥さんがいて意志の疎通はできないがやっぱり社会的に妻は妻で。先生も千種の気持ちには気づいているだろうが、妻がいるということが免罪符となって付け入る隙を与えないようにしていた。その奥さんが亡くなり、先生は千種の前から消える。

逃げたのかな。だってもう先生は私を拒絶するための社会的理由を失ってしまった。
見くびりやがって、と私は思った。私の理性と社会性を、小さく見積もらないでほしい。私はもう、愛と性を一人の相手でまかなうことなんかあきらめたのだ。うぬぼれの強いじじいに、何かを求めたりするもんか。そう言いたいから、できれば早く帰ってきてほしかった。


千種もまた、辛い生き方を選択した一人だった。いくら好きでも触れない相手がいる。まゆ子にとっての千種もそういう存在だ。千種を傷つけた時まゆ子もまた傷ついた。愛する人を普通に愛せない自分、相手が欲しいものを差し出せない自分。まゆ子が本当は男性だと知った時央佑は言った。

「じゃあ原田さん(千種)と結婚できるじゃん」
「でも交尾できないんだよ」
「交尾ってしないといけないの?」
「いけなくはないかもしれないけど。千種は、あたしのことそういうふうに見てないよ」
「そういうふうって?」
「男の人としてってこと。恋愛感情とかじゃないんだってば。」
友達同士で結婚しちゃいけないの?

そうだよね。そんな風に簡単ならどんなに良いか。でも案外、難しく考えすぎていたのかも知れない。央佑の柔軟かつ鋭い指摘は、もしかすると愛だの性だのに何かと敏感になりすぎている(のかも知れない)私たちにも響く。物語の最後に、千種とまゆ子はお互いの性について語り合う。


千種は、

性別のことなんて体のことしかわからないし、もうできあがっちゃってる決まりごとに順応して生きてるだけ。

まゆ子は、

今は女として扱われる方が性に合ってる

自分が男か女かなんて2人の間にはもう必要ない。お互いを“そういう生き物”だと受け入れて、一緒の布団に仲良く入る2人、もちろん交尾はない、でも将来もしかしたら2人の関係性に何かしらの進展があるのかも知れない、と応援したくなる。“そういう生き物”なら親友にも恋人にもなれると思うから。

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