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自尊心と親孝行


私はパートタイマー、もうじき20年選手だ。なんの資格が無くても出来る仕事が私の業務内容で、だから誰にでも出来るのだけど意外と時間や手間がかかっちゃうような、そんな作業が多い。自分でいうのもあれだけど、私、仕事が早い。大体において「え、もう出来たの?」と驚かれるし、喜ばれるし、早く仕上げて驚かせたい気持ちも少しあるし喜んで欲しいというのもあるので余計に早めに仕上げるべく頑張ったりする。もちろん、丁寧に、だ。

たまに「それ、私の仕事ですか?」と問いたくなるようなことを頼まれる。どちらかというと私なんかがしても良いやつですか?という、重要な業務だ。

数年前にいた上司は外見はパリッとしていたし特に仕事が遅いというわけではなかったが、何かにつけて私を“使う”人だった。自分だけでなく周囲にも、「石元さんが出来ることはなるべく石元さんに振るように」と会議でお達しが出ていたと仲良しの同僚が教えてくれた。私は会議には出席しないので、私がいないところで、ということだ。
おかげでその人が上司だった数年間は何かと忙しかった。とはいえ、上司以外の人が私に頼んでくる仕事が増えたわけではない。その上司からの頼まれごとばかりだった。それまでやったこともないような仕事をまわされ、自分でいうのもあれだけどそつなくこなすもんで、さらに仕事をまわされる、といった具合だった。ただ、それで別に私は腹を立てていたわけではない。難しい仕事を頼まれそつなく仕上げてお礼を言われれば、それで私の自尊心が満足したからだ。
まあ、上手く使われていたということだ。そういう意味ではとてもデキる上司だったのだな。
ただ、一度だけ「それはちょっと‥」と尻込みしたことがある。
それは、部署の会計チェックを頼まれた時だ。1年間の収入の書類をチェックし、支出の書類と領収書の金額をチェックし、通帳の動きと残高をチェックし、会計一覧表と全ての書類をチェックする、みたいな作業だ。そして、OKならば書類一枚一枚にある押印欄に、その上司の印鑑が押されるという流れ。上司は言った。

「印鑑預けとくから、チェックOKならハンコ捺しといて」

いやいやいや。さすがにそれはちょっと重いです。
責任がありすぎます。チェックはしますが、ハンコを捺すのは私できません。

と、私は断った。

「え、そう?捺してくれて良いのに。じゃ、とりあえずチェックよろしく」

軽すぎるやろー‥。
あなたのハンコには重大な責任があるんですってば。


私はその話を後日、母にした。すると母はこう言った。

「その人は自分だけがみとんに仕事を頼むことが後ろめたくて他の人にも頼め、頼めって言ったんだろうけど、みとんのことをものすごく買って(評価して)くれてるのね」

うん、多分そうだよ。自分だけってのが心苦しかったんだよ、絶対。
でも、それって買ってくれてたってことなの?

「そうよぉ。そうじゃないと大事な仕事、頼んでこないわよ」

でも印鑑預かるとか重いよ。重すぎるよ。
印鑑ぐらい自分で捺してよー。

「横着な人なんだね笑」

確かに、大量の書類に一度に印鑑を捺すのは面倒くさそうだもんね。
なんだよ、結局上手く使われてんじゃん、私。

とか言いながらも、私はちょっと嬉しかった。何の資格が無くても、その仕事ぶりで信頼を得ることが出来たのが嬉しかった。そして母も嬉しそうだった。自分の娘が人様のお役に立てていることが嬉しかったと思う。こういう親孝行もある。

長女の結婚式の日、式が終わってゲストの皆様をお見送りしていた時に一人の方から声をかけられた。長女の職場の方、年齢は私と同世代くらいの女性だった。

「世界一面白いお母さん、上手に子育てされましたねっ」

“世界一面白いお母さん”というのは、式の中で長女が私のことをこう評した。
上手に子育てをしたという褒められ方は、長女の職場での様子を見てくださってのことだったろう。嬉しかった。こういう親孝行もある。


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