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映画ノート⑪ 1950年代SF映画の最高峰『禁断の惑星』

先日、NHKBSプレミアムで『禁断の惑星』(1956)が放映されたので、久しぶりに観てみました。

主題は勿論のこと、最近のVFXにはない手作り感満載のクラシカルな特撮技術、テクニカラーに比べると発色がやや地味なイーストマンカラーをうまく使った美しい色彩設計、1950年台のアメリカSF雑誌の表紙を思わせる惑星クレルの情景や地下の巨大な核融合装置等の書き割り(マットペイント )、電子音による音楽や音響効果、アニメーション(「イドの怪物」等)との合成等、どれも当時の最高水準で、改めてこの作品が1950年代SF映画の最高峰であることを確認しました。

1950代のアメリカ映画は、宇宙時代を反映してSF映画の第1期黄金時代と言えるほど多くのSF映画が制作された時代でした。

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              『宇宙戦争』

1950年代の代表作をリストアップしてみましょう。
                                 『月世界征服(1950)』(原作:R・A・ハインライン他)※アカデミー視覚効果賞『地球の静止する日(1951)』(原作:ハリー・ベイツ)           『遊星よりの物体X(1951)』(原作:ジョン・W・キャンベル『影が行く』)  『地球最後の日(1952)』(原作:E・バーマー&F・ワイリー)        『原子怪獣現わる(1953)』(原作:レイ・ブラッドベリ『霧笛』  特撮:レイ・     ハリーハウゼン) ※『ゴジラ』の元ネタになった作品。         『宇宙戦争(1953)』(原作:H・G・ウェルズ)※アカデミー視覚効果賞   『海底二万哩 (1954)』(原作ジュール・ヴェルヌ)※アカデミー視覚効果賞他『大アマゾンの半魚人 (1954)』(『シェイプ・オブ・ウォーター』の元ネタ)『放射X(1954)』                          『宇宙征服 (1954)』                        『水爆と深海の怪物(1955)』(特撮:レイ・ハリーハウゼン)        『宇宙水爆戦(1955)』(原作:レイモンド・F・ジョーンズ)         『禁断の惑星(1956)』                        『世紀の謎 空飛ぶ円盤地球を襲撃す(1956)』(特撮:レイ・ハリーハウゼン) 『原始怪獣ドラゴドン(1956)』(特撮は、レイ・ハリーハウゼンの師匠ウィリ ス・H・オブライエン)                       『ボディ・スナッチャー/恐怖の街(1956)』( 原作ジャック・フィニイ『盗ま   れた街』※冷戦と赤狩りの時代を反映した反共映画)           『怪獣ウラン(1956)』                       『縮みゆく人間(1957)』(原作リチャード・マシスン)※ヒューゴー賞    『地球へ2千万マイル(1957)』(特撮:レイ・ハリーハウゼン)        『黒い蠍(1957)』                         『ハエ男の恐怖(1958』(原作ジョルジュ・ランジュラン『蠅』)      『 地底探検(1959)』(原作ジュール・ヴェルヌ)

この他に、『戦慄!プルトニウム人間』『妖怪巨大女』『巨大アメーバの惑星』『吸血原子蜘蛛』、ロジャー・コーマンがAIPで量産した一連の作品などの低予算映画も加えればそれこそ枚挙にいとまがありません。

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      『宇宙水爆戦』  人物とマットペイントとの合成シーン

『怪獣ウラン』を除きすべて観ていますが、この内、A級作品と目されるのは『月世界征服』『地球の静止する日』『地球最後の日』『宇宙戦争』『海底二万哩 』『宇宙征服 』『宇宙水爆戦』『禁断の惑星』『縮みゆく人間』『 地底探検』といったところでしょうか。

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              『宇宙征服 』

『禁断の惑星』は後のSF映画やSFドラマに大きな影響を与えましたが、この映画が同時代のSF映画と一味違うのは、主題に当時、アメリカで盛んだったフロイトの「精神分析学」を取り入れた事。              

当時のアメリカでは、高額な受診料を払って精神分析医に心の悩みや不安、就寝中に見た夢等を話して診断してもらう心理療法が流行しており、そうした社会風潮がこの映画にも色濃く反映していると思われます。      その流行ぶりは。1962年にジョン・ヒューストンが若き日のフロイトを主人公にした『フロイド/隠された欲望』(主演:モンゴメリ・クリフト)を作っていることからも伺えます。

「精神分析学」では、「人間の精神はイド(エス・無意識)ーエゴ(自我)ースーパーエゴ(超自我)の三層構造からなり、 人の行動はイド(無意識)によって左右される 」と説明しています。

映画後半のクライマックスで出現する人の目には見えない「イドの怪物」は、それまで自我によって抑圧されていたリビドーや欲望、衝動などの「本能的情念」が増幅されて実体化したものでした。

モービアス博士の潜在意識に潜む自分の娘を若い男に盗られたくないという嫉妬心や所有欲、クレル人の科学技術を他の者に渡したくないという独占欲や功名心などの情動が無意識の内に巨大な核融合装置を作動させ、無限のエネルギーによって生み出された「イドの怪物」を暴走させていたのです。

高度な文明を築いていた惑星クレルの先住民が、精神だけの存在に進化しようとする最終段階でイドの暴走を制御できずに滅亡したという解釈は、明らかにフロイトの学説を応用したもので非常に斬新な脚本でした。

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上に書いたようにその脚本を具現化した特撮技術や色彩設計、書き割り(マットペイント )、音楽や音響効果、アニメーション合成等、どれも当時の最高水準でSF映画としては申し分のない出来栄えでした。

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主演は若き日のレスリー・ニールセン、ヒロインはドラマ『ハニーにおまかせ』のアン・フランシス、そしてマッド・サイエンティスト役に名優ウォルター・ピジョン。                          この映画で初登場して、その特徴的なデザインから人気者になる「ロビー・ザ・ロボット」も立派に「助演者」の役目を果たしていました。

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「海外SFドラマの金字塔① 『ミステリーゾーン』 (The Twilight Zone )とロッド・サーリング 」でも書いたように、この映画の円盤型宇宙船やロビーは、 この後、『ミステリーゾーン』で二度目のお勤めを果たしています。
ただし、ロビーは翌年に制作された映画『宇宙への冒険 』にも出演しているので、正確には三度目ですが。

アン・フランシスも『ミステリーゾーン』には、『マネキン』と『夜の女豹』の2本に出演しています。

ここからは余談ですが、精神分析関連の映画で有名なのは、多重人格を題材にした『イブの三つの顔』(1957 日本未公開 TV放映)。         イブ・ホワイト、イブ・ブラック、ジェーンという三つの人格を演じたジョアン・ウッドワードは、この映画でアカデミー主演女優賞を受賞しています。

日本では、三田佳子が多重人格者を演じた傑作ドラマ『私という他人』(1974)が作られています。
ぜひもう一度観てみたいドラマの筆頭格ですが、当時はビデオテープが高額であったため、TV局が次の番組収録のためにビデオを上書きしてしまったらしく、どうも望み薄のようです。

SF作家ダニエル・キイスも『五番目のサリー』や『ビリー・ミリガン』シリーズで多重人格を題材にしていますが、キイスの代表作『アルジャーノンに花束を』も見方を変えれば、脳手術によって引き起こされた二重人格の悲劇を描いたSFという捉え方もできるのではないかと思っています。



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