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Stones alive complex (Pearl)


小説家の卵は愕然とした。

正確に言い直すと、小説家の卵の中身は愕然とした。

この温もりは親のふところの体温なんかじゃない。
もっと別の、電気的な感じの何か・・・

生命の温かみとはかけ離れた、身体中の全分子が放射粒子の衝突で強制的に振動させられることにより発生する加熱。

これは・・・レンジだ!!

この卵は、電子レンジに入れられてるんだ!

なんでこうなってる?
殻の外では何が行われているんだ?

細胞構成をし始めたばかりの鋭い爪は、形状だけは鋭いがまだ柔らかい。
殻の内壁へ前足を伸ばす。
弾力のある爪で引っ掻いても、内壁にはわずかな傷がつくだけで、殻は割れるわけがなかった。
眼球を湿らせている体液が滝のごとく、しがみついてる黄味の表面へとしたたり落ちる。

このままでは孵化ができない。
孵化段階なんぞ飛び越して、ゆで卵にされちまう!

小説家の卵は叫ぼうとした瞬間、
声帯もまだ形成されてない事に気がついた。

いよいよもって身の危険を実感してきた小説家の卵は、できてる部分の身体をバタバタさせる。

黄味がところどころ破れて、黄色のインクが漏れ出てきた。

やはり、殻にはまるで歯がたたないか。
こうなったら覚悟を決めよう。

小説家の卵は。
小説家として生まれてきた宿命を、まっとうしようと決心した。

残された刹那の時間を費やし、生涯最高の小説を書き残すのだ!

だが、まてよ。

・・・現段階での自分はまだ卵だから、生まれてもいない。
生涯というものは始まってもいない。

・・・まだ、一遍の小説も、一節の文章すらも。
明白な事実だけに認めたくはないが、ひとつの文字すらも書いてはいない。

小説家の卵なのに!?
卵って何だ?
どんなに短い文章であろうとも、一遍でも伝えたい事を書き残せたら、小説家として孵化したことにならないか?なってもいいだろう!
その基準が正しいのなら、この世に小説家ではない者など、ひとりもいないんだ!

自分はこれから、
卵の中にいながら自己定義の殻を破って、生まれるのだ!

小説家の卵(の中身)は。
したたる黄味のインクを爪の先につけ、卵の内壁へと突き立てた。

生涯最初のというか。
生涯が始まる直前の処女作を綴り始める。

・・・・・・

小説家は、レンジの中からアルミホイルでくるまれた卵を取り出した。

朝日が差し込めるダイニングテーブルに置かれた皿へ、卵を乗せる。

徹夜明けのあくびをしながら、
皿の端で、殻を割る。

ぱくりとひと口、卵をかじった。

「う~ん、美味い!
この卵は、絶妙なバランスで塩みが効いてるなあ!
頭蓋骨の内側を、空想の獣の爪で掻きむしられているようだ。
朝から創作意欲がめきめき湧いてくるぞ!」

丹念に殻をぜんぶ剥いて、卵の残りを丸ごと飲み込む。

角度が高まってゆく陽の光が、テーブルのコントラストをゆっくり動かしている。
格子のスポットライトで浮かびあがる、皿の白。

引きちぎられたパズルみたいに散らばってる卵の殻の裏側に、
小説家は不思議な黄色の模様がついてるのに気づいた。

フォークの先で殻を集めて整然と並べ、ぐっと眼を近づけてみる。

細かい点々にしか見えなかった模様が、ちゃんと意味を成している文章だと分かった。

「これは・・・自伝だな」

(おわり)

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