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Stones alive complex (Andesine)

「ハーイ、そこのイケメン寄りのお兄さん♥
ちょっと私と、心臓が飛び跳ねるくらい気持ちいいことしてみな~い?」

薄暗い舞台にひとり立つ彼女の頭上から発せられる低いハスキーボイスに、観客席で腕組みするシルクハットの審査員は少し心を奪われた。
ふわふわの髪の毛がとても柔らかそうだ。

そのふわふわの髪の毛は彼女の頭上で盛り上がり、引き裂かれた巨大な唇の形になって喋っている。
そこからのぞく尖った牙を見たシルクハットの審査員はタキシードの前を整えつつ、口ごもる。

「うーん・・・そう来たかぁ・・・
ビジュアルだけは斬新だね。
迫力はある。
ただ・・・」

チェックシートに挟んだ鉛筆を持ち、その先をフリフリドレスのモンローポーズをずっと崩さない応募者へ向ける。

「今回のオーディションで探しているのは、
新しい時代を担ってゆく新しい魔物なんだ。
その『新しい』っていうのは・・・なんていうかその・・・上手く言語化できないんだが・・・『なんか新しいぞこれ!』ってやつなんだ。
おそらく君が狙った『新しい』は、
『アイドル的な路線』だと思う。
それも新しいっちゃあ新しいんだけど、こちらが求めている新しいとは根本的にどこかが違うんだよなあ・・・
こちらが求めている新しいを、こちらも漠然とよく分かってないのが辛いとこなんだけど。
・・・
ご苦労さん。
審査結果は後ほど連絡する」

後ずさりして舞台のそでへ引っ込む彼女と軽くぶつかって出てきた次の応募者は、双子の姉妹だった。

全く同じ高い背丈。全く同じ黒髪のロングヘアに隠されて、その顔はくわっと見開いた片目しか見えない。大正時代を思わせる古風な白いワンピースを全く同じ仕草で引きずっている。

「こんにちは。よろしくお願いします」
「こんにちは。よろしくお願いします」

姉妹は全く同じ陰気な声でお辞儀をした。
そして、全く同じ動作で床にはいつくばると、四つ足で審査員の方へ不気味に這ってきた。

「ストップ!ストップ!」

審査員は立ち上がり、彼女らの演技を止めた。

「貞子路線なのはすぐ分かったけども!
単純に倍にすれば新しくなるんじゃね?という発想は、いかがなものかな?
短絡的すぎやしないかな?!」

双子の姉妹は、審査員を見開いた片目で睨みつけながら全くシンクロした後ずさりで這い、舞台のそでに消えた。

少しゾッとした審査員は、
後ずさりでハケてゆく貞子ってーのは、動きのベクトルとしてはちょっと新しいかもなと思い、チェックシートにひとつマークを入れる。

そのとき、ランドセルを背負った少女が、愛らしく微笑みながら舞台の天井からふわりと降りてきた。

一見すると普通の小学生のようだが、全身はびしょ濡れだった。

少女は元気よく手を振って、審査員に呼びかけた。

「こんにちはー!
アタシはこのランドセルから産まれたの。
終身雇用制崩壊と学級崩壊とガラスの仮面夫婦と格差社会の融合により生みだされし申し子よ・・・
このランドセルの中で。
お父さんは36年ローンで建てた新居を残して単身海外赴任中。お母さんは、ふたり友達を紹介するだけで上手くゆけば一年でローンを返済できると教えられた新しい画期的な水を売る仕事を頑張ってます。
売れ残った在庫が溜まった時は、ケラケラ笑いながらこうして私にかけてくれるの。
・・・・・・
その様子をご覧になりますか?」

少女は深いお辞儀の体勢になって、ランドセルの中身を床へぶちまけようと短く細い腕をランドセルのロックへ伸ばす。

「まてまてっ!
まてーいっ!
すっごく恐いんですけども!
新しい恐さというより、ずしんとリアルに重い種類のやつで恐いんですけど!
広範囲で崩壊し過ぎだよ君のプライベートは!
いろいろはびこってる裏事情が短いカミングアウトから垣間見えるよ!
君のは魔物界の魔物じゃなくて、
現代社会の闇に潜む魔物だよ!
新しい恐さは認めるけど、そっち方向のじゃないよ!」

ランドセルのロックへなかなか手が届かず、手間取ってる小学生女子の後ろから。

つま先のとがった赤い靴と白いストッキングとガーターベルト、背中の開いた赤いパーティドレスを着こなした美女が、シルク地の光沢があるハンカチを振りながらにっこりと笑い現れた。
結い上げた髪は中世ヨーロッパ風に盛り上げられている。

女はフランス語で言った。

「Merci de m'avoir invité aujourd'hui.
Je chanterai la peur d'être aimé.
(要Google翻訳)」

そして薔薇色の頬へ、薔薇の刺繍の手袋の両手をあてると。
いきなり頭を首からスポンと引き抜いた。

おおっ?
っと、審査員が不意をつかれてる間に・・・
頭の無い首から、別の頭がにゅっと生えてきた。
髪型は同じだが、別の美人の頭だ。
持っていた元の頭を床に放り出し、生えてきたそれもまたスポンと引き抜いた。
・・・ら、別の頭がにゅっと生えてきて、またそれもスポン。

スポンにゅっのサイクルが、目で追えないくらい早くなってゆく。

あれよあれよと舞台にうず高い山となった大量の頭が、「ストップ!」と叫ぶタイミングを見失っている審査員へ一気に(ランドセル少女ごと)崩れ落ちてきた。

「うわっ!
あぶぶぶぶ!」

フランス女性の姿は見えなくなっているが、まだ頭の海の底で頭をスポンにゅっしているらしい。オーディション会場が女の頭で埋め尽くされても、その数はどんどこ増えてゆく。

「もう結構だー!
確かにこれも新しく恐いけどー!
恐さのカテゴリーがぜんぜんちがーう!
そっちじゃなーいんだっーてーば~あ~!」

頭の海をかき分け、海面へやっと這い出てきた審査員の悲鳴は。

頭たちがいっせいに歌い始めたシャンソンの大合唱でかき消された。

(おわり)

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