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Stones alive complex (Dumortierite in Quartz)

E子ちゃんへ手渡す手紙だと、
動いているエスカレーターの上で渡された。

アナタの手で渡して欲しいから、
特別に読んでもいいわよとデュモルチェライトは、
ボクへ意味深な含みがある笑みを向ける。

ボクたちは、
音もなく登る、長い長~い登りのエスカレーターに乗っていて。
上を見ても下を見ても、ボクらの他に人影はない。
隣のレーンには、下りのエスカレーターが動いていて。
そこにも上から下まで、人影はない。

この上のフロアに、そのE子ちゃんって人はいるのだろうか?
見上げて目を凝らしても、エスカレーターの終点は見えないのだが・・・

このE子ちゃんへの手紙には、恐るべき秘密が書かれているのよ、と。
デュモルチェライトは、つぶやいた。
その秘密はこれまで誰にも明かしたことがなく、
デュモルチェライトはE子ちゃんが自力でそれに気がつくまで、
その秘密を守ろうと思っていたと言う。

「個人的なレベルを超えて、ほとんどの万人に共通する真理でもあるのだけど・・・
光無き地層の狭間から産まれた深層心理を象徴するパワーストーンの化身たる者には、
こういった深部の領域の理を、うかつに口にすることはできないという掟があって・・・
この世界の存在理由でもある進化の学びを尊重する立場からも、ホントはすべきではないの。
でもまあ、人情的にどうしても見てられなくなったのよ。
ワタシは反ダークサイド寄りの葛藤にさいなまれたわ。
あからさまに声で教えると掟破りがバレちゃうから、
さりげなくお手紙を人づてに(アナタのことね)こっそり忍ばせることにしたわけ・・・」

人ではないキミにも、人情と葛藤が?
建前上だとしてもそれなりに高い次元ってことになってる存在にでも、
どうやら、それなりの葛藤というものが、それなりにはあるらしく。
それなりな葛藤の顔つきでボクに持たせた手紙へ、片方の眉を寄せる。

その寄せられた眉で促され、
手紙の出だしを、ボクは読み始めた。

・・・
自分が乗っている足元のレーンがどう動いてるのか?よく見るのよ!E子ちゃん!
ワタシは、アナタの終わることのない頑張りを、
始まりの時からずっと見守っている者です。

進むべき道の空にいつも不吉な黒鳥が現れて、
その翼から散る黒い羽根の渦が、進む先へ撒かれてゆく。
ますます衝撃度を増すドラマ展開の気配。
油断するとぬかるんだ泥に、足を取られ。
頑張って進もうにも、想像もしてなかったありそうもない障害に、
コツコツ積み上げた居場所は崩されてしまう。
何に対してなのだかしょっちゅう怒り狂ってる世間から石つぶてで追われ。
心底からの打ち明け話は、好奇の醜聞として広められてる。
聴衆の倫理は、いつか許してくれると思っているようですが。
たいていの聴衆は倫理的ではなく、
倫理の無味無臭さに耐えられそうもないから、
倫理不在の激辛味こそを実は求めているのよ。
反発と共感は、塩と砂糖との合わせ味みたいな関係なの。
・・・

一旦、読むのを止める。
何やら狡猾で謎めいた事情によって、E子ちゃんって人は運命的に翻弄されているのだろうか?
叫ぶかのようなデュモルチェライトの文面、激情の歪みが暗示される未来のシーン・・・

フワフワした紺の衣装の袖をハンカチにして、デュモルチェライトは、
エスカレーターの先を見ている目頭から染み出てくる水滴を、軽く拭っている。

ボクは、続きに目を通す。

・・・
自分の意に反して、
なぜいつもそうなるのか?
その秘密を思い切って明かそうと思いました。
アナタ自身、それがたまらなく知りたいはずです。
知らないうちは、
自分をバカだとたしなめたり。
自分に対して厳しい決まりを課したり。
恐らくは、自分の身から出たサビなのかもしれないと謙虚に反省したりしてるはずです。

この手紙でワタシが伝えたいことは、
そんな表面的な良識論などではなく。

それ以前の単純な秘密の話ですから、よく聞いてね!
・・・

ふと。
隣の下りのエスカレーターのレーンを、
上から誰かが降りてくるのが見えた。
まだ遠すぎてハッキリしない人影だが。
・・・もしかして、あれがそのE子ちゃん?

デュモルチェライトがボクの肩を激しく叩く!

「すれ違いざまに、あの子にその手紙を渡して!
一瞬だから、素早くね!」

おっと!
まだ手紙を最後まで読み切れてないぞ!

ボクは上から近づいてくるE子ちゃんとの距離を目測しながら、
手紙の続きを横目で慌てて読む、が・・・

降りてくるE子ちゃんの、不自然な動きに注意を奪われた。

E子ちゃんは、
下りのエスカレーターで降りて来ているのではなく!
ボクらと同じく、上へ登ろうと必死で駆け上がっていた!

・・・
そっちの下りレーンで、どんなに頑張ってもコスパが低すぎどころかマイナスなのですよ!
アナタはもっと上へ行きたいと誰よりも真面目に頑張って全力で駆け上がっているのだけど!
アナタが物心つかない頃から、誰かに乗せられてるそっちは、
下ってくだけのエスカレーターなの!
隣には、登りのレーンがあると早く気がついて!
そして、すぐ全力でこっちへ飛び移って!
・・・

ボクは。
機械的な無感情のペースで、
下ってゆくエスカレーターのベルトコンベアの上を、
長距離ランナーのように汗まみれで駆け上り続けてるE子ちゃんが、
こっちと真横に並んだタイミングを狙い!
無言で手紙を差し出した!

だけどE子ちゃんは。
よそ見などという不真面目なこと?はせず、
一心不乱に、前を、上を、睨んだまま、せっせと駆け足をしていて。
ボクが差し出した手にも、その手の中の手紙にも、まるで気がつかない・・・

ゆっくりと、
ボクらの位置は、必死の形相のE子ちゃんを、追い越してゆく。

がっくりきて。
ボクは手渡せなかった手紙をデュモルチェライトへと、
申し訳なさそうに返そうと差し出したが・・・

それを制した、デュモルチェライトは。
下りレーンの下へと消えてゆくE子ちゃんは見送らず、
逆に上の方を、すっと指さした。

隣の下りレーンの上の方からは・・・
今度は大勢の人が、
降りてくる・・・というか、さっきのE子ちゃんのように、なんとか登ろうとしているのが見えた。
彼らとの距離が、じわじわと縮まってくる。

かなり難儀しているその集団の光景を、
ボクの隣で凝視しながらデュモルチェライトは、
鼓舞するような口調でボクに言った。

「次こそ、その秘密の手紙を渡してね!
あの頑張り屋なE子ちゃんたちの誰かに!」

確かに・・・
乗せられてる状況の、こんなにも単純な違い、という点こそが!
恐るべき秘密だよなあ・・・

(おわり)

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