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Stones alive complex (Dumortierite in Quartz)

手が届く高さのところで、ふたつの雪の結晶がぶつかり合う。
激しく衝突した衝撃で半分の部分が割れ、今度もクルクルきりもみ状態で離れた。
ふたつの結晶はデュモルチェライトの目論見を、道化師が観客をからかうひょうきんな動きをして、跳ね返す。

その結末を真剣に見守っていたデュモルチェライトは、微かなため息をまた漏らした。
ふぅ。
何度やっても上手くいかない。

ふたつの結晶はデュモルチェライトの短いため息が終わる前には、半壊部分を何事も無かったかに元の整った形へ早回しで再生していた。

このふたつの異なる結晶の形を融合することさえできれば、
究極の結晶の形が完成するのだけど・・・

そしたら氷の性質は変えることなく構造上の仕組みとして完璧な保冷が可能となり、永遠に溶けることがない雪の結晶ができるのに。

うかうかしてると春が来てしまう。
雪が溶けだす春までに、なんとかして完成させたい。

一年中、この儚く美しいものをずっと眺めて暮してみたいとデュモルチェライトは願い。
複雑な結晶構造の知恵の輪が、互いにスムーズにハマる角度を探すのに苦心をしていた。

試行錯誤するデュモルチェライトの意識の中に、ある認識がばっと炸裂した。

根本からアプローチを練り直す必要があるわ!

このふたつを科学的な手法に元ずいて強引にくっつけようとしたのが、そもそも間違いだったのかもしれない。
これらをただの氷の結晶だとしてモノ扱いするのではなく、自立した人格を持った存在であると観てあげるのなら・・・
互いに融合したいかしたくないかの意思決定は、あれこれ言わずに、この子たちの自主性に任せるべきなのではないかしら・・・?

デュモルチェライトは、見上げる位置で無邪気に揺れているふたつへ、穏やかな気持ちで語りかけた。

「冬って、早朝がいちばんいいわよね。
あなたたち雪が、夜の間に降り積もったときは言うまでもなく。あたり一面がいきなり銀色に反射しててビックリさせられるわ。その光の中で朝御飯の仕度を始めるコンロの暖かさ・・・」

突然、いったい何の話が始まったのだ?
不意をつかれた結晶たちは、キョドりつつデュモルチェライトの顔の正面まで降りてきた。

「でもね。
冬だけの存在であるあなたたちは、春ってものを体験したことがないでしょう?
せっかく四季がある国に生まれたのに、すっごくもったいないことなのよぉ。
春も明け方がいいのよ!
だんだんと白くなってゆく山際の方の空が、少し明るくなってって、紫がかった雲が細くたなびいてゆくのが言うまでもなく素敵なの・・・」 

ふたつの結晶は、
顔を見合わせるように一瞬向き合った。
デュモルチェライトは(効いてるっ!)という表情を悟られないように同じテンポで話を続ける。

「春の次には夏という季節がやってくるわ。
夏ってね。
昼間の熱が程よく冷えた頃の、真夜中が最高なのよ!
月が輝いている時間帯は言うまでもなく、月のない闇のときでも、蛍という光る虫がたくさん星となって野原を飛び回るの。
たくさん飛び交っていなくても、蛍が一匹二匹とほのかに光って飛んでいるのもグッとくる風情があるわ。
暖かい雨が降っているときも、それはそれは言うまでもなくエスニックね・・・」

指先をうっとり絡めるように近づいた結晶は、互いのとんがった先端どおしを思わず結びつけ合う。

かなり清少納言が憑依したデュモルチェライトは、誰にも見えない十二単衣の袖を口元に当てて、よどみなく語る。

「夏の次は、秋よ!
秋は断然、夕暮れがいいわね!
夕日が落ちる間際、山の端が近く感じるようになってきたころに烏たちが巣に帰ろうと、三羽四羽、二羽三羽と飛び急いでいる様子になんとも郷愁の想いが募るわ。
雁などが列をつくって仲良く飛んでいる様子が、山々をバックに小さく見える構図は水墨画になっていつまでも見とれてしまう。
日が沈んでしまってから聞こえてくる風の音や虫の音の儚い響きも、言うまでもなくニューロマンチックセクスィー!
ああ・・・
そんな一年の風物詩を味わえないなんて・・・
なんというもったいないことなのでしょう・・・言うまでもなく・・・」

見えない扇子で額をあおぎ、目を斜めに伏せるデュモルチェライト。

いつの間にか、ほとんどくっついてたふたつの雪の結晶は。
デュモルチェライトのあけぼのった語りを聞き終えると。

言われたわけではない自らの自主性に任せて。
本格的に完全なる融合を、言うまでもなくし始めた。

(おわり)

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