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Stones alive complex (Boulder Opal)

診察室に入る前から、患者はずっと極端にうつむいていた。
腕をクロスさせて腹を抱き黙りこくってる患者へ、医師は根気よく何度目かの声をかける。

「それで、いったいどうなさったんですか?」

患者は極端にうつむいたまま、ようやくか細い声を漏らした。

「・・・どうせ・・・言っても、信じてもらえないと思い・・・ます・・・」

「どうか安心して。
何でも言ってみてください。
ここはどうせ言っても信じてもらえないような話をしに来るところですからね。
それに。
私は医師として、というか、医師じゃなくてもというか・・・
とっくにあなたの症状がなんなのか、明らかに見抜いているつもりですよ」

医師は務めて明るい口調で諭す。
患者の態度は少し固さが解け、語り始めた。

「あの・・・実は・・・」

「はい」

「私は・・・満月の夜になると・・・」

「ええ」

「全身から剛毛が生えだして、鼻と耳がとんがり・・・」

「ほぉ」

「オオカミに・・・なってしまうんです・・・」

患者は極端なうつむき姿勢を悪化させ、うわっと身体を折って膝の間へ顔をうずめた。

「・・・そんな風になってしまってから、
僕は人と会うのが怖くて怖くて・・・
満月の夜でなくても・・・
自分の顔を見るのが怖くなって、他人が自分の顔を見る顔を見るのも怖くなって・・・
ずっと、こんな感じで極端にうつむいて生活しているんです・・・」

「なるほど・・・
自分はオオカミ男になってしまった、と・・・
いうわけですか・・・
信じましょう。
逆説的にですが・・・」

医師は神妙に目を細らせ、
患者の膝の間に埋もれてる後頭部から視線をそらした。

人里離れた山の岩盤をくり抜いて作られたこの診察室の壁は、ボルダーオパールの結晶がむき出しになっていて、心を落ち着かせる光度の照明を反射している。

信じると言ってくれた先生の言葉に安心し嗚咽を漏らしはじめた患者は、追い詰められた口調に変わった。

「先生!
なんとか助けてください!
どうか僕を普通の人間に戻してください!
できますよね?先生!
お願いします!」

震えを止められない患者へ、

「うーん・・・
あなたがおっしゃってる方の症状は・・・」

医師はとまどいから一転して、
声を高めて言った。

「治すことはぁ・・・
できまぁー、せんっ!!」

容赦のない医師の断言を受け、衝撃を食らった患者はびくっと身体を震わせた。
さらに膝の奥へ顔をうずめる。

「・・・そ・・・んなに・・・?!
僕は重症なんで・・・すか?!」

「はい!
残念ながら、あなたの想像以上にかなりの重症ですね!」

患者はうぐうぐと泣き始めた。

医師は患者の肩へ、優しく手を置く。

「いいですか。
今から、あなたの症状について、
かなりショッキングな内容を話しますから。
落ち着いて聞いてくださいね。
ちゃんと聞けますか?」

患者は震えながら、頭を膝ごと縦に揺らした。

医師は話し始めた。

「あなたは満月の夜になると、
自分はオオカミになってしまうと思ってらっしゃいますが・・・
そうではありません」

は?

患者は少し驚いたのか、泣くのをやめて、膝の間から耳をそばだてたようだった。

医師は声の滑舌をはっきりと区切り、
説明する。

「あなたは、
満月の夜に、オオカミになるんじゃありません!
満月じゃない日に、人間の男になってしまうのです!」

患者は膝の間から、頭をすぽっと抜いた。

「えっ?
・・・どういうことですか?」

最初の極端なうつむき姿勢まで戻ったが、まだ後頭部しか見えない患者の後頭部へ向け、医師は要約した。

「いいですか?
あなたはオオカミ男になったんじゃなくて、
人間男になってしまったんです!
満月の夜に、毛が生えるんじゃなくて、
満月じゃない夜に、毛が抜けるんです!
ここはオオカミの国なんですよ!」

呆然と顔をあげた患者の正面には。
耳まで裂けた口に並んでる牙で、ニッと笑いかけてくる医師の毛むくじゃらな鼻先があった。
洞窟の診察室へ吹き込んでくる風を舐めるように、舌が犬歯からはみ出してうごめいている。

「あなたの病気は、かなりの重症ですけれど。
諦めずに、一緒に根気よく治してゆきましょうね!」

医師はとんがった耳を愛想よくピクピク揺らせて。
毛が抜け落ちた患者の肌色の手へ、みっしり剛毛が生え揃った前足を、いたわるようにそっと重ねた。

(おわり)

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