見出し画像

寓話Ⅱ(平等な賃金)

 昔昔、あるところに大きなぶどう園を持っている主人がいました。主人は収穫の為の労務者を雇いに、朝一番で市場に出かけて行きました。そこにはすでに仕事を待っている人達がいたので、一日一万の約束をして、自分のぶどう園に行かせました。雇われた人達は安心してこう言いました。
「朝早く来ていて良かった。これで今日一日分の賃金にありつける」
 
 暫くして、主人がぶどう園に行ってみると、彼らは一生懸命働いていました。
「このまま一日で収穫作業は終わるに違いない」
でも主人は考えました(市場にはまだ誰にも雇われていない人達がいるのではないだろうか)
 そこで主人は、三時間後の午前九時に、また市場に出かけて行きました。するとそこには、やはり何もしないで立っている人達がいたので、主人はその人達にも声をかけました。
「あなた達もぶどう園に行きなさい。相当の賃金をあげるから」
その人達は主人の言われたとおり、ぶどう園に行きました。
 
 少し時間が経って、主人がぶどう園に行ってみると、朝一番に雇われた人達も、午前九時に雇われた人達も、皆一生懸命働いていましたが、主人はその労務者達を見ながら、再び気になりはじめました。
(まだ誰にも雇われていない人達がいるのではないだろうか)そこで主人は、また市場に出かけて行きました。時刻はもうお昼の十二時でした。
 すると、そこに、同じように何もしないで立っている人達がいたので「賃金をあげる」と言って自分のぶどう園に行かせました。
 
 すでに、一日の労働時間の半分以上は過ぎていましたが、主人は午後三時にも同じように考え、市場に行って、人を雇いました。
 そしてぶどう園に行くと、仕事はもうほとんど終わろうとしている様子でしたが、
(もしかしてまだ市場で待っている人がいるかもしれない)と、主人は気になって仕方がありません。そこで今度は、午後五時に行きました。すると、そこに、やはり立っている人達がいたので、主人は声をかけました。
「なぜ一日中何もしないでここに立っているのですか?」その人達は言いました。
「誰も雇ってくれないからです」
主人は言いました。
「とにかくぶどう園に行きなさい」
その人たちは答えました。
「もう夕刻です。今日はもう終わりです」
主人は言います。
「では、なぜいつまでもここに立っていたのですか?」
 その人達は、家族のため、自分達にもいくらかの賃金が必要な事を思い出し、主人から言われたとおり、ぶどう園に行く事にしました。もうおひさまは、そんなに長くは空に留まらない時間帯でした。
 
 そして、収穫の仕事はすべて終わりました。朝一番に雇われた人達にとっては、暑かったので一日中、大変な作業でした。主人はぶどう園の監督に言いました。
「労務者達を呼びなさい。そして最後に来た人達から順に、最初に来た人達にまで賃金を払ってあげなさい」
労務者達はみんな集まって来ました。午後五時に来た人達以外、ほとんどの人は汗と泥まみれです。

 一番最初に賃金を貰った人達は最後午後五時に来ていた人達ですが、その人達は、ひとり一万貰っていました。貰った人は驚いていました。それは、丸一日分の賃金だったからです。でも、もっと驚いたのはそれを見ていた朝一番から働いていた人達です。そしてこう考えました。
(主人は渡す金額を間違っているのではないか?)
でも午後五時に来ていた人達が、次々と一万ずつ貰っているのを見ながら考えを変えました。
(そうか、わかったぞ。この主人は、気前が良い主人なのだ。だから私達は、もっと多く貰えるに違いない。彼らの何倍も働いたのだから当然だ。三万か四万か……)
 
 ところが、順番が来て、朝一番に雇われた人達も、やはりひとり一万ずつでした。
(そんな馬鹿な。この主人は間違っている!)そう思った労務者達は、一斉に主人に文句を言い始めました。
「この最後に来た連中は一時間しか働かなったのに、私達と同じ賃金だなんて、おかしいではありませんか。私達は朝早くから労苦と焼けるような暑さを、一日中辛抱したのです」
主人は答えました。
「どうして私がおかしいのですか?私はあなた達と、一日一万の約束をしたではありませんか。私はあなた達に、何も間違った事や悪い事をしてはいません」
 朝一番に主人と交した一日一万の約束を思い出しながら、その人達は言いました。
「それなら最初からそう言って下さい。朝からでも、昼からでも、夕方からでも、賃金は何も変わらないと」
主人は続けて言いました。
「私は多くの人に働いてもらいたかったのです。そして多くの人に、平等に賃金をあげたいのです。これらのお金は私のものです、自分のものを自分の思うようにする事は間違いなのですか?考え違いしないで下さい。私はあなた達に、不当な事は何ひとつ行ってはいません」
 
 そう言われた人達は、それを聞いて思い直し、少し恥ずかしくなりました。
(そうか、この主人は、ぶどう園の事など、どうでも良かったに違いない。私達を雇い、主人が言うように、一人でも多くの人達に賃金を渡す事が目的だったのだ。なんと、心豊かな主人なのだろうか。それに比べ、自分の労苦と、貰った金額だけを気にし、他人と比較して文句を言った私達は、なんと貧しいのだろう。私達は朝一番から安心して働けて、約束通りの賃金まで貰えて幸せだったのだ。でも、夕方最後に来たこの人達は、雇われるまで不安で、心配だったに違いない)
 
 朝一番に雇われ、貰った賃金に文句を言っていた人達は、その賃金を握り締め、待っている家族の事を思い出しました。そして地平線に、ほとんど沈んでしまった太陽からの優しい光を心地よく受け、主人の振る舞いに感心しながら家路を急ぎました。
 
 その場から帰ってしまったぶどう園の主人は、一日中みんなに平等に光を降り注いでいた、この太陽のようでした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?