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雪桜

あの雪の日、すれ違いざまに肩が触れて


それが君だって知ったのは


桜の季節だった


紺のリクルートスーツなんて着てるから


まさか、君だなんて思いもしなかった


雪の日の君はもうすこし大人に見えた


とはいえ、私より年下だとはおもってたけど。


転んだ私にスッと手を差し出して


汚れたスカートの代わりにって


さらっとジーンズを買ってくれて


裾直しのあいだ、カフェで話した君は


どう見ても、それなりにオトナに見えた。


好きな映画の話で盛り上がって


気づいたら、服屋さんはとっくに閉まってて


結局、汚れたスカートのまま帰るハメになって


バカみたいって2人して笑って


帰り際、ジーンズの引換券をくれた。


駅の改札で、じゃあって


少しはにかんだ笑顔の君に似た


最近よく見る若手の俳優さんを見るたびに


ほんの少し、思い出して


もう少し話したかったな、とか


元気かなって思ったりしてた。


そんなことをふと考える自分がいることに驚いたし


なんだかくすぐったい気持ちが懐かしかった


もう二度と、会うことなんてないって思ってた


名前もお互い知らないまま過ごした数時間は


二度とこないって思いながら


この春の新色のリップを買ってしまったりした


なのに、あっさり目の前にいる。


わたしは、こなれたベージュのスーツを着て


彼は紺色のリクルートスーツ。


彼の胸の名札には


想像とは違う名前があった


同じリクルートスーツの女の子たちと、


満開の桜の中


あの笑顔で話してる


君が誰かと笑い合う姿は見たくなかった


別に何かを期待してたわけでも


してるわけでもない。


ただ、あの日の君がいなくなったことが


少しだけ




#冬の日 #短編小説
#小説
#オトナ

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