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俺の相棒

この物語は Leon Bismark "Bix" Beiderbecke の音楽を聴きながら読むと、さらに気分が盛り上がることでしょう。お薦めです。


とある山の端にあるジャズ・バー。店の名を「Beiderbecke」という。
名の由来はオーナーが憧れるミュージシャンで破天荒な白人のラッパ吹きの名に因む。
どれくらい破天荒であったのか、それはまた別の機会にお話ししよう。
または別の誰かが話してくれるかもしれない。そう、オーナーは意外にお喋りなようだから。


この店では週末にジャズの原点ともいわれるディキシーランド・ジャズのライブが催されている。
ステージ上には Steinway & Sons のアップライトピアノと Pearl のシンプルなセットのドラムが置かれている。電気楽器の類は一切なく、トランペット、コルネット、トロンボーン、クラリネット、アルトサックス、ソプラノサックス、ピアノ、ウッドベース、バンジョー、アコースティックギター、ドラムなどが主となるがすべてが一同に会するのではなく、日によって楽器が変わったり、メンバーが変わったりで2度と同じ演奏はないといわれている。しかも客からはミュージシャンが奏でる生音を楽しめると評判がいい。

通常はさほど大きくないステージの両側に設置された ALTEC 社製の Voice of the Theater が優しく暖かな音色でジャズを奏でているのだが、週末ともなれば生演奏を聴きに大勢の客が詰めかける。
そしてこの物語はこの店の週末の楽屋風景から始まる。


一人のミュージシャンが言った。
「おれはまだ死んじゃいねえ」

「そりゃそうだろ、ここにいるんだから。それともあんた亡霊か?」
「いや、触れるから実在するぞ」
「でもよぉ、死んだことに気付かない死人もいるっていうしな」
「呼吸もしてるぜ」

別のミュージシャンが言った。
「おれもだ」

「お前たち変だぜ?」
「何かあったのかよ?」
「話せば楽になることもあると思うぜ」
「そうそう、ゲロっちまえよ」

「最近こいつの音色が変なんだ」
「愛用のコルネットがか?」
「さっきの言葉もこいつが言ってるような気がしてな」
「あんた死んじゃいねえけど、頭やられちまったな」
「ちょっと黙ってろよ」


「それはさ、楽器の寿命ってこともあるだろうけど、俺たちの腕も鈍ってきてるってことじゃねえのかな」

「自分ではまともに吹いてると思ってるけど」
「音は外れるけどな」
「そうなんだ、よく音を外すようになった」
「ジャズやブルースなんてコード進行だけでソロなんかフリーランニングなんだから、失敗しましたって顔しなきゃ誰も分からねえよ」

「俺は指が動かなくなった。それに手が震えるようになっちまった」
「それは困ったことだな」
「引退も考えてるのかい?」
「でもよぉそれが程よいビブラートを産むんだろ?」
「勝手に震えるんだからわざとらしくなくていいや」

誰かが言った。
「歳は取りたくねぇなぁ」


「それにしても俺たちはオーナーがいいヤツで助かってるよな」
「あいつもラッパ吹きだって話だぜ」
「上手いのかい?」
「自分の店があるのに他のライブハウスで演奏しているらしいぜ」
「一度聴きに行ってみるか」
「やめとけよ、きっと自分の下手さ加減にイヤになるだけだと思うぜ」
「そんなにか?」
「冗談だよ。聴いたことねえからさ」


「さて今年最後の演奏だ。まずは何にする?」
「ブルースから始めねえか」
「ああ それなら悪かねえ」
「俺も同感だ」
「じゃあ、1曲目は Singin' the Blues で決まりだな」
「あとは成り行きでいいだろ。どうせ寝ててもできる曲ばっかりなんだから」
「そうだな。じゃあそろそろ行くか」


「友よ、今日もバッチリの演奏だったよ。お疲れ様でした。それから起きれる人だけでいいから明日の朝8時にここに集合ね」
「オーナー、何があるんだ?」
「みんなでモーニング食べに行こうよ。毎日は無理だけど、たまにはいいでしょ」
「珍しいな」
「なんかそんな気分なんだ。誰かに言わされてる気もするんだけど」
「俺たち年寄りは朝が早いって知らねえのか?」
「もちろん知ってるよ」
「オーナー僕たちもご一緒させてもらっていいですか」
「じゃあみんなで行こうよ」
「それじゃあ明朝な」
「起きれないヤツがいたら俺んとこへ連絡して来い、起こしてやっからよ」
バーボンをグビっとやりながら
「俺はもう少し飲んでから帰るよ」

ディキシーランド・ジャズにはバーボンがよく似合う。



この物語は詩人・古田 羊さまが詠まれた詩 #145「comeback」に思い切り食指が動き書き上げたものです。
この場をお借りして古田さまに厚く御礼申し上げます。
また詩のイメージとずいぶん食い違うという方もいらっしゃると思いますが、偏に私の力量不足と解釈していただければ幸いです。

※Beiderbeckeはバイダーベックと読みます。


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