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実践小説!!野宿&ヒッチハイクで九州一周1/6

準備を整え、ベッドの脇に置いていた、荷物の重さを確かめた。

もう一度、確認・・・。

これで何度目だっけか。

そんな風に思いながら、先ほどから何度もしている、リュックの中身を確認する動作を繰り返した。

『やるなら今しかねぇぇ!やるなら今しかねぇぇ!』と、

僕の産まれた頃には、不倫疑惑で世間を騒がしていた歌手の歌を、繰り返し聞きながら、何度目かの荷物の確認を行った。

ネットショップで安いものを探して買った、リュックと寝袋。

下着の換えは考え抜いて、4日分。

充電器や電池、ティッシュやタオルを詰めた袋。

ヒッチハイク用のスケッチブック。

『九州一周中!』の文字と、自分の名前だけを書いた名刺サイズの紙。

前日に雨が降らなければ、出発するはずだった僕の体に、

『やるなら今しかねぇ!やるなら今しかねぇ!』と、

僕の産まれた頃には、薬物疑惑で世間を騒がせた歌手の歌が痛く胸に刺さり始めていた。

もう一度トイレに行き、もう一度両親が寝静まっている事を確認したら、出発しよう。と、心に決め、トイレに向かった。

既に深夜と呼べる時間だった。

そう短時間に何度もひねりだせる能力は、僕の膀胱には備わっているはずも無く、人の温もりを拒むかのような冷えた廊下が、僕の足を冷たくはじき返すだけだった。

部屋に戻ってみても、自分を奮い立たせるために、繰り返し聞いていた、薬物と不倫疑惑を無かったかのように、今は世間から涙を誘っている歌手の歌が、ヘッドホォンから漏れ聞こえるだけだった。

上手くヒッチハイクできれば2週間で九州一周できるのではないかと、いくらネットで検索を繰り返しても、出てこなかった結果は、ただの僕の予想でしかなく。

1ヶ月掛かるかもしれない・・・。と、部屋に転がっていた空き缶を片付け。

一週間後には戻ってくるかもしれない・・・。と、部屋の扉を換気のために少しだけ開けておいた。


3月。

昼間は動きまわると汗をかいてもおかしく無い季節だが、夜になるとまだまだ寒い。そんな夜に僕はヒッチハイクと野宿で九州一周を目論み、背中とお尻を覆い隠す程の大きなリュックを抱え、いよいよ出発しようとしていたのだった。

出発地となるのは、鹿児島と熊本の県境に位置する小さな長島と呼ばれる島だった。数年前に合併した島だ。島と行っても九州本土と橋がつながっており、魚の養殖や農業で栄えている島だ。

僕は、この島で農業を営む両親の元、長男として生まれ育った。 

田舎の農家の長男らしく、小さい頃から後継になるものだと親戚からの期待を背負い、育てられた。

田舎で育った人間の大半がそうであるように、僕も都会での生活に憧れ、大学の頃から福岡に移り住み、就職で東京に行った。

田舎の友達より、出て行ってからの友達も増え、楽しい生活を送っていた。このまま、東京で今の仕事を続けながら、いずれ結婚し、東京で家を構え、暮らして行くのだろうと考えもしていた。

しかし、両親の加齢というプレッシャーと、自分自身はこんなもんじゃねぇというプレッシャーに耐え切れず、あたかも強い思いを持ち、人生の決断をしたかのように、退職の決意を示し、仕事と友人達の送別会をおこなった。


島に戻り、5ヶ月。

両親との生活、農業を毎日行う日々に自分が一気に退化していくのを感じた。

なにか事を起こさなければマズイ!という悲壮感から、ヒッチハイクで九州一周をする事を決めた。

まず、出てみよう。

もしかしたら月が綺麗かもしれない。

寒かったら、もう少し服を持って出るために戻ってきてみよう。

と、ハードルを低くし、部屋の明かりを消し、荷物を持ち、部屋を出てみた。

相変わらず僕を拒むことしかしない冷えた廊下を歩き、玄関に準備しておいた、履きなれた運動靴を履き、音を立てないよう、静かに、玄関の扉を空け、庭へ出た。

玄関の脇に繋がれた犬が吠えないように、足音を消しながら、砂利で敷き詰められた庭を慎重に、更に外へと歩き出した。

20分も歩けば、コンビニだ。

この期に及んで、九州一周の予定からコンビニまでの予定にするつもりか?と自分に問いかけながら、ひとまずコンビニで、水分と寒さから守るための、手袋を買おう。と、目標を子供のお使い程度のハードルまで下げ、更に歩を進めた。

車で5分の距離も、歩いてみるとこんなに遠かったのかと思い、準備万端の荷物が肩に食い込む感覚だけを感じながら、目的のコンビニにたどり着いた。

田舎の深夜のコンビニらしく、店員は、僕を見ただけでは、目的の分からないであろう大荷物に、反応するでもなく、ちらりとこちらを一瞥するだけで、読みかけの雑誌にすぐに目を落とした。

予想以上の寒さを防ぐための手袋を探すが、クリスマスの日しか使えないような、可愛らしい手袋しかなく、軍手と、ペットボトルのお茶を購入し、店を後にした。

田舎らしく、コンビニから数メートルも離れると、僕を照らすものはほとんど無く、期待していた月も顔を見せていなかった。

初日の目標としていた30キロ先の温泉にしていた。どれくらい時間が掛かるか、車で行けば1時間も掛からずに着く道だが、歩いてとなると、検討が着かなかった。

明かりは荷物を少なくするためにヘッドライトだけにした。

これから、何度使うことになるのか全く想像がつかず、予備の電池は持ったが、暗い田舎の夜道でも、これからのための省エネを考え、歩道の整備されていないところだけ使うことにし、歩き続けた。

深夜の田舎の道。

車は通らないだろう、という予想に反し、大きなトラックが数分おきに通る。

車も、こんな時間に歩いている人は居ないだろうと、歩道の整備されていない道を、法定速度を確実にオーバーした速度で、走り抜けて行った。

坂道では、車が坂を上ってくる側の道を歩いた。

僕を発見したときに速度を落としやすいだろうと、考えたからだ。  

さらに車の明かりが見えたら、省エネ中のヘッドライトを灯し、車が僕に近くなると、上下に動かし、車に僕の存在を認識させるようにした。

真っ暗な道に差し掛かったときに、時計を確認してしまい、こういう時に限って、丑三つ刻な僕の不運や、僕の横をクラクションを鳴らしながら通り過ぎていくトラックのせいで、2時間歩いた道を引き返そうかとも思いながら、歩を進めた。

星を眺めながらの、しばしの休憩も、暖まって少し汗ばんだ僕の体をすぐに、暗く冷たい夜に引き戻すだけだった。

夜中の田舎道、隣の茂みから何か出てくる可能性を感じて、時折、手を叩いた。

怖い想像をしないように、自然とペースがあがっていった。

こんな暗い道で立ち止まる訳には行かないと、足の裏の痛みを無視し、休憩もほとんど取らず、ひたすらに歩いた。

やはり頭の中にあるそれは、実際に行動してみないと分からない。

やる前の想像とは違う。

こんなに時間が掛かるとは・・・

こんなにすぐに足が痛くなるとは・・・

既に、着いた時の自分を想像している。

着いたら、あんな事を言おう。こんな事を言おうと。

違う。

まだ早い。

これから何日もあるんだ。

感じよう。

感じてから考えよう。

やっぱり動いて感じなければ。

中間地点の道の駅に着いたのは、朝6時を迎えた頃だった。

太陽は昇っていないが、空はほんのり明るくなり始めていた。

まだ寒さは相変わらず、僕を追い返そうとするばかりで、車の量が、少し増えた道は、まだ僕を認めてくれていなかった。

今まで運ぶだけだった、大きな荷物の中から、服を取り出し、上に羽織り、寒さをしのぎながら、山から上る朝日を待った。

『西から登ったお日様が東へ沈む〜♪』と頭の中で口ずさみ、東に体を向けた。

夜露というのを、こんなに肌で実感したのは初めてだった。

寒さをしのぐために買った、暖かいコーヒーをすぐに冷ましてしまい、夜露が僕の座る場所を奪い、体を更に冷やしていった。

苦労は実るというが、まだこの程度の苦労では、認められないようで、太陽は霧が掛かったような雲の中で、ただ夜通し歩いた道と、これから歩く道を少し明るくしてくれるだけだった。

初日はヒッチハイクをせず歩く事を、決めていた。僕は靴紐を強く、結びなおし、また歩き始めた。明るくなったことで、足元がよく見え、景色も楽しめるようになった。疲れて足も痛かったが、気持ちよく歩くことが出来た。

歩き始めて30分。朝から犬の散歩をしているおばさんに、

「どこいくの?」

と、声を掛けられ、明るい気持ちになれたのも、楽しい旅になりそうな予感がして、良かったのかもしれない。

出発してから12時間。距離にして40キロ程度。

休憩を入れても、10時間は歩いたことになるだろうか。

やっと目的地の温泉のある町に到着した。

足の裏は歩くたびに、ジンジンと痛み、それをかばう様に歩いていた、脚も、もう限界に達しようとしていた。

温泉は更に坂を登ったところに位置しており、道を迷い無駄な体力の消費を避けるために、近くで草むしりをしていたおばあさんに道順を尋ねた。

「その坂をまっすぐ登っていけばいいよ。若い人だから、歩いて充分いけるから歩いて行きない」

と答えが返ってきた。

喉元まで、今の足の状況、今まで歩いて来た事を伝えようと、見ず知らずのおばあさんに愚痴りそうになるのを堪え、教えられた通り、坂を登り温泉を目指した。

坂を登り切ったところに、白いホテルがあり、昼間だけ宿泊者以外の入浴が出来るようになっている、景色のいい温泉があった。

昔は休みともなると、満室になるであろう、景色のいい温泉施設。部屋数は優に100室は超える施設だが、今は満室になることがあるのだろうか。数年前に開通した新幹線の駅は、この街には線路が敷かれただけだった。

温泉についてからもすぐに動く事が出来ず、昼間の宴会場から、繰り返し流れてくる、演歌を何度も聴きながら併設されたロビーでうな垂れていた。

なんとか荷物を降ろし、お湯の中で足を何度も、何度も丁寧にマッサージし、水風呂でアイシッングした。

両足の裏は予想通り、マメが出来た上に、既に潰れて無残に破れていた

露天風呂から遠くの方に見える山は僕が朝に制覇した山だった。

お湯から出てもなお、ロビーでうなだれながら、ゆっくりと時間を掛けて、従業員や他の客からの視線など、気にするつもりも余裕もなく、体力の回復を待った。

ずっと食欲を忘れ、空っぽになっていた、お腹にゆっくり時間をかけて、カツ丼を詰め込んだ。明日からも、まだ先はあると一番カロリーの高いものを選んだつもりだった。

いつまでもそうして居る訳にも行かず、重たい足を引きずるように、すぐ近くの公園に向かった。

雨と風を凌ぐために屋根のあるベンチを探した。

山の上に作られた公園の更に階段を登った先に、屋根と大きなベンチのある展望台がどっしりとした様子で建っていた。そこを本日の宿とすることを決めた。

展望台の片方からは海が一望でき、反対側は町が見渡せたが、立てた頃には綺麗な色だったかもしれない町のビルや家が、今ではグレー色としか言えない色になっており、少し寂しさを感じさせる街並みが並んでいた。

グレー色な町。一色の町にポツリとあるまだ真新しい綺麗な若い建物は、グレーの中で目立ち過ぎないよう、少し暗い色で塗られていた。

まだ、空は明るく、子供が遊んでいてもおかしくない時間だったけれど、山の上の展望台しかない公園には、誰の声も響いておらず、もう動きたくない体でこれから野宿する僕には好都合だった。

景色をより楽しむだけに設置された展望台には、横からの風を凌ぐための壁はなかったけれど、大きく張り出した屋根があり、多少の雨が降ってきても僕を守ってくれそうだった。何より展望台に設置されていた大きなベンチが良かった。身長170cm程度の僕が寝ても、足が飛び出ることもなく、寝返りも1回までなら、打てそうだった。

辺りを探したがトイレはなく、先程温泉に入ったホテルまで、展望台への階段と公園内を再び歩き戻るか、更に山を下ったところにあったコンビニまで行く他にはなさそうだった。その距離を歩く自信が無く、もよおした時には立ちションをする事に決めた。

完全に辺りが暗くなった頃に、ネットで安いものを探して買った寝袋を広げ、寝る準備に取り掛かった。

安い寝袋のわりには、しっかりと僕の体を全て包み込んでくれた。クッション性は全くと言っていいほど無く、ベンチの木の隙間がゴツゴツとして痛かった。少し心細い寝袋のチャックを閉め、思わずオヤジのようなうなり声を上げながら、寝転がった。

外で寝袋の中で寝るという経験がなかったので、眠りに付くまでには時間がかかるだろうと、思っていたのだが、寝袋に入り温泉で充電しておいた、iphoneを触り始めて間もなく、意識を失うように眠りについた。

まだ、辺りは暗く時間の感覚もつかみきれない頃、物音で目が覚めた。

薄ぼんやりとする視界の中に、人影が有った。

雰囲気から察するに、50歳ぐらいの男のようだった。

こんな暗い時間に、展望台に来る目的が分からないが、展望台から海の方を眺めているようだった。眺めたところで朝日も登っておらず、ほんのり明るくなり始めた空には星も見えそうになかった。 

僕は、身動きを取らず、寝たふりをしてその場をやり過ごそうと、また目を閉じた。途中こちらに視線を感じたがそのまま寝たふりを貫いた。iphoneを握りしめ、なにか危険を感じたらすぐに体を動かすんだぞと自分に言い聞かせ、その人影がいなくなるのを待った。 こちらを何度か観察したあとに、人影はまた暗闇の中にいなくなっていった。

僕は、考えすぎだ。そんな悪い人ばかりな訳じゃない、良かった。と、安堵すると同時にすぐにまた眠りについた。

起きたと呼ぶよりは起こされたと表現したほうが相応しいかもしれない。

人にではなく雨に起こされた。

音にではなく、雨そのものにだ。

多少の雨から守ってくれると思っていた展望台の屋根では、横からの風には対応しておらず、僕の寝ていた大きなベンチまで雨が届き、僕の寝ていた寝袋を目一杯に濡らし、ネットで買った安く、少し頼りない寝袋を通過し僕を濡らしていたのだった。

昨日の疲れからか、なかなか体が僕の言うことを聞いてくれず。まだ、休ませてくれて言っているかのようで、ゆっくりと時間をかけて起き上がってみると、着ていた服もびしょ濡れの状態だった。 まだパンツまでは濡れていなかったが、荷物も寝袋もずっしりと水分を含んでいた。

天気予報で今日の天気を確認してみると、一日激しく降ると予報が出ていた。

僕はしばらく考え、びしょ濡れのリュックの中から、用意していたカッパを羽織り、リュックにもレインコートを掛けお世話になった、展望台を後にした。辺りはすでに水たまりが出来ており、既に濡れている靴で気にする事無く歩いた。

予想通りの足の痛みもあり、今日は大きく移動する事を諦め、行けるところまで行き、コインランドリーでこの濡れた服と寝袋をすべて乾かそうと思ったのだった。

公園への階段を降りる時も、意識して足に力を入れないと転げ落ちてしまいそうだった。

その日は、予報通り一日中激しく雨が振り続け、途中で購入した傘と安物のカッパでは全く役に立たなかったが、休みながら歩き続け10キロほど先の小さな街まで移動した。昨夜の町より更にグレー色が多い街だった。

コインランドリーを探し、濡れてずっしりなった寝袋などをすべて乾かした頃には辺りは真っ暗になっていた。途中、食事を取り今日はもう移動しなくてもいいよ、と自分を許し、荷物が乾くのを待った。靴を乾かすのに想像以上の時間がかかり、小さなその町の駅は終わりを告げようとしている頃だった。

2日目は呆気無く終わろうとしていた。濡れた体と濡れたスケッチブックではヒッチハイクは出来ないだろうという思いが半分。初めてのヒッチハイクをする気持ち・・・いや、勇気が沸かなかったという言い訳が半分だろう。

夜も昼も無人で営業しているその町の駅を、今日の宿とする事を決め、疲れて重くなった体と、乾いて軽くなった、荷物を背負い移動した。雨はもう、上がっていた。

屋根はあるが、昨晩同様に横からの雨風を防いでくれる場所はその駅にはなく、変更することも考えたが、これ以上歩くことに嫌気がさし、無理やり駅のコンクリートの上で寝る事を決めた。

備え付けのベンチは有ったが、一人分ごとに仕切りがされておりベンチの上で横になるのは難しく、ベンチの脇に寝袋を敷き、寝る準備をした。

駅の電気も消え、遠くの街灯が僕を照らしていたが、静かで疲れた体を横たえるにはちょうどいい場所だった。乾いたばかりの寝袋は寝心地がよく、すぐに眠りに付けた。

体がやっと、寝袋に馴染み始めた頃、寒さで目が覚めた。

コンクリートがこんなに体温を奪っていくものだという事を初めて知った。

昨夜は木製のベンチに寝ることが出来、空も曇っていたせいか、気温も高く、それほど寒さに悩まされることはなかったのだけれど、この日は一日太陽が顔を出すことも無かったせいか気温も低く、風もあり、そこへ更にコンクリートが僕の体温をどんどん奪って行くのだった。

起き上がるのも面倒だったので、そのまま我慢して眠りに付こうとしたのだけれど、コンクリートとの設置面を変えようと、寝返りを打てば打つほど、体から更に僕の持っている体温を奪っていくばかりだった。

このままでは、まずい・・・と思い、寒さで動きが鈍くなっている体を無理やり寝袋から抜け出し、荷物をそのままに駅の近くにあった小さなスーパーに向かった。

閉店して静かになった、スーパーの裏に周り、出来るだけ大きな段ボールを2枚貰ってきた。貰って来た段ボールを手で破り広げ、寝袋と憎きコンクリートとの間に敷き、スーパーの前の自動販売機で申し訳程度に買ってきた、暖かいコーヒーを飲み、体を暖めた。 

甘いものを摂った方が温まるのではないかと思い、普段飲まない、糖分たっぷりの物を買って来て冷める前に一気に飲んだ。

ホームレスの人がそうしているように、段ボールを敷いた上に寝てみるが、それほどの効果は感じられなかった、更に取りに行くことを考えたが、何を安眠しようとしてるんだ?もとより、苦労は承知のはずだったじゃないか、と重たい体がこれ以上動く事を拒んだため、我慢して眠りについた。

何度も何度も寒さで目を冷ましながら、なんとか眠りについた。 

朝になるに連れて、徐々に寒さが増して行くことを、身を持って実感した。朝4時から5時に掛けてが寒さのピークだった。

辺りが明るくなり始めても、すぐに太陽は世界を温めてはくれず、寒い時間が続いた。

野宿から何かが産まれるのなら、ホームレスから総理大臣が生まれてるだろ!と野宿をすると決めた自分が馬鹿らしくもなった。

6時になり始発が動きだし、人が来たので、すぐに荷物をまとめ、歩き出した。

2日間ずっと歩いていたため、足も限界で歩きたくは無かったけれど、僕の体の熱は完全になくなっており、動いて早く火を入れないと、生命の危機を感じそうで目的も無く、ひたすらに歩いた。なかなか、一度芯から熱を失った身体には、すぐに火が入らなかった。 30分程歩いた頃、温泉があり迷わず直行した。

観光客向けの温泉では無く、町の人々の疲れを癒すというよりは、町に住む人間同士がコミュニケーションを取るために作られたような作りの、サウナも露天風呂もない温泉だった。

こんなにお湯に感謝したのは初めてだった。体がお湯の中に本当に溶けてしまうのでは無いかという感覚を初めて味わった。

冷えた足先や手から徐々に温まっていく感覚はすごく気持ちが良く、景色や設備に感動するではなくて、お湯そのものに感動していた。身動きも取らず、じっくりと冷えきった体温を、お湯の温度に合わせていった。

 《続きは、2/6へ》

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