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君と猫

カーテンの隙間から差し込む光に起こされ,素肌に触れる冷たい空気にベッドで身震いする。君のお気に入りのタオルケットだけではもうそろそろ風邪をひいてしまいそうだ。
そろそろやってくる過ごしやすい季節はきっと短くて、気が付いたら冬になってしまっているのだろう。寒さが苦手な君が着膨れする季節だ。
温かいものでも飲もうとコーヒー豆をしまっている戸棚に手を伸ばすとミルクチョコレートは甘すぎるからと君が選んだカカオ70%のチョコレートが手付かずで置かれているのが目に入った。

寒くなったら食べようと楽しみにしていた君はいない。
もうそろそろ熱いコーヒーとチョコレートが美味しい季節になるというのに。
 

そういえば、君がいなくなってから家に猫が来たんだよ。
君とお別れしてからしばらくした頃、家の近くの公園で鳴いていた女の子。あまりに必死に鳴いて僕を追ってきたものだから見なかったことにはできなくて新しく家族になった。
君は猫好きだったけれどアレルギーがあるから一緒に暮らせないと悔しがっていたっけ。
 
シンとしていた家の中はこの子が来てから賑やかになったよ。
二人暮らしを始めるときに君が一目惚れしたダイニングテーブルは爪研ぎされて傷だらけになったし、最近変えたごはんはあんまり好きじゃなかったみたいで不満そうに鳴かれた。
新しく出したばかりのティッシュの箱は少し目を離した隙に空になっていたし、通販の段ボールはなぜか好きみたいでボロボロになったから捨ててもいいかと聞いたら無視されたし、僕の脚はアスレチックと勘違いされていて木登りされては生傷が絶えない。
悪戯ばかりするから𠮟ったら、私じゃないですという顔をして目を泳がせていた。
君のタオルケットはこの子のお気に入りでもあってよくくるまって寝ているよ。
寒がりみたいだからもう少ししたら出そうと思っている炬燵には大喜びすると思う。
 
 
ごはんとおやつに目がなくて、でも好き嫌いがあって、寂しがり屋で、よく喋って、都合の悪いことがあると急に耳が遠くなって、叱られると目が泳いで、そして、僕が落ち込んでいるときには隣にいて体温を分けてくれる。
君みたいだ。
笑っちゃうくらいそっくりなんだ。
懐かしくて涙が出るほどそっくりなんだ。
 

僕には苦すぎるチョコレートも君の歯ブラシもタオルケットも何一つ片付けられないままで君の気配に泣きそうになることもあるけれど、僕は君みたいな猫と元気にやっています。

(994字)



こちらはミムコさんの企画に参加するものです。


いつだって文字数ギリギリなことにも、猫の話か怪しいことにも、涼しい季節と猫だとちょっとだけさみしい話にしたがる自分にも首を傾げつつ。
でも書いて楽しかったからいいか。