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思い出に持っているもの

今日もまた一年前のnoteを見た後にこの記事を書いています。面白いもので書きたいなと思っていた事がシンクロするという。(笑)

一年前のその記事は、生活の中に私の姿が家族の行動の中にみられて、それがたまらなく愛しいという記事でした。今読んでもたまらなく愛しくなる。(笑)私らしいなと思いました。

今日書こうと思ったのは、昨日の夜のこと。

夕食の時にテレビをつけていたら、いつもはあまりけない音楽番組を子どもがつけていました。

多分それはこの頃、車でかける音楽を夫氏がUSBにダウンロードしたりしている姿を子どもが興味深そうに見ていたという事が関係しているんだと思われました。

テレビを見ながら聴きながら、知らない歌を一生懸命歌おうとしている姿が、なんだか下手すぎて笑っちゃいましたが、あぁそこに夫の姿が見えるなぁと思ったりしていとおしくなりました。

障害のある子どもの親亡き後ってよく語られているけれど、それはどこに住むとか誰を頼るとか…
もちろんそういうこともあるけれど…。

不意に流れてくる音楽だったり、どこかに行ったときの雰囲気だったり、目に見えたものの、心地よさが…
亡き人が楽しそうにしていたとか
歌っていたとか
一緒になにかしたとか
あの時感じた雰囲気とか
そんな事のほうも大切なんじゃないかって思ったりします。


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