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ありそうでなかった野球と鉄道の関係性を紐解く一冊:田中正恭『プロ野球と鉄道 新幹線開業で大きく変わったプロ野球』

 3番“でひす”(リチャード・デービス)、4番“ぶうま”(ブーマー・ウェルズ)、5番“みのだ”(簑田浩二)。86年末に発売されたファミコンの野球ゲーム『ファミリースタジアム』(いわゆる初代『ファミスタ』)には、阪急、近鉄、南海の近畿圏の鉄道会社の球団の連合チーム、レイルウェイズが収録されていた。西武が隆盛を極めていたころだが、上記のクリンナップトリオに加え、ここに“まつなか”(松永浩美)や“やまだ”(山田久志)が加わるのだ。実在していたら優勝間違い無しだっただろう。
 令和3年の今、レイルウェイズを構成したチームはそれぞれオリックスとソフトバンクに姿を変え、鉄道球団はITより少ないが、新聞社と両輪を成すように鉄道会社は日本野球を進めて来た。第一章にあたる『黎明期の職業野球』では陸蒸気の伝来した明治5年を「始発駅」とし、当時学生野球とは反対に、蔑まれた立場にあった職業野球を盛り上げるべく提唱された、阪急の小林一三による私鉄会社の球団による「電鉄リーグ構想」などの野球と鉄道の近代史をなぞり、やがて1950年のセ・パ両リーグ誕生に繋がっていく。

 そうした阪急から、現存する西武や阪神のような鉄道球団の歴史やトピックをなぞるだけの本かと思ったが(それだけでも十二分に楽しめそうであるが)、本著はそれだけに留まらない。いかに昭和の球団が大変な遠征をしていたか、当時の時刻表と日程を基に実像を探っていく。野球も鉄道も、どちらも細かな数字の記録が残されているという共通点があるが、こうした画期的に組み合わせたのはとても興味深かった。
 また第四章では、どちらかと言えばマツダという、自動車メーカーとの結びつきの深い、広島球団と新幹線や地元の路面電車との話も楽しく読んだ。なかなか他のチームのファンや、他の球団のファンが気付きにくい、深い絆があることを知った。所沢という私鉄球団城下町で育った私も、所沢とはまた違う野球と鉄道の物語を知って懐かしい気分にもなる章だった。


 単純な比較は出来ないが、国産自動車メーカーは三菱(浦和)、日産(横浜FM)、トヨタ(名古屋)、マツダ(広島)とJリーグクラブのルーツなっていることは多いが、少なくとも鉄道会社と比べると、NPBはクルマより電車と歩みを進めてきた。思えば少しずつ駅を繋げて目的地に向かうのは野球の打順もそうである。
 いままでこうした本を、あまり見かけなかった。いまAmazonで検索したが、雑誌の特集などを除くと、この本以外には、それらしい本は見当たらなかった。実感を持ってライフスタイルの変化を感じる題材であるにも関わらず、なぜこの本しかないのか疑問に思うほど、わかりやすく知見を広げることの出来る一冊だった。
 日本ハムの新スタジアムの近くや、幕張にも新しい駅の開業予定があるという。さらには大きな視点で見ればリニアの開業などもまた、今後野球を含めた日本社会に変化をもたらすことだろう。親会社が鉄道の球団の数は減ったとしても、これからも鉄道と野球の親密な関係は続くはずである。私は大学時代、よく一人旅をしては梅小路蒸気機関車館や、名古屋のリニア・新幹線博物館など、鉄道関係を含めた博物館に行くことが多かったが、この一冊で鉄道と野球をテーマにした大きな博物館を、ぐるりと堪能した気分になった。


⚾️PICK UP🚃
関西では〇〇電車というのが一般的で、東京のように〇〇線という呼び方はあまりしない。(P210)
 これは読んでて「なるほど!」となった。確かに“阪神電車で早よ帰り”みたいな言いまわしを、時々いしいひさいちの『バイトくん』などの、関西を題材にした作品で目にしたが、これは向こうの独特の文化だ。鉄道のみならず、「独特な交通文化」をテーマにした新書も面白いだろう。エスカレーターすら左右逆なのだから。

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