イランがイスラエルとの本格的戦争を望まない背景には１９８０年から８８年まで継続したイラン・イラク戦争の記憶もあるだろう。この戦争では前線でサダム・フセインのイラクが化学兵器など大量破壊兵器を用いるなど、イラン側には甚大な被害が出て、革命防衛隊、政府軍、バスィージュ（民兵組織）を合わせた戦死者は６０万人、また市民の犠牲者も１０万人と推定されている。
　

　サダム・フセインのイラクでさえも８年間戦ってイランの首都テヘランを制圧できなかったのだから、イスラエルにとってもイランとの通常戦争は大変な困難が伴うことがわかる。

　今回、イランがイスラエルに向けて発射した２００機以上のドローンと巡行ミサイル、弾道ミサイルのほとんどがヨルダン空軍、米軍、イスラエル軍によって撃墜され、イランのミサイルで重傷を負ったのは、イスラエル南部に住むパレスチナ人ベドウィン（遊牧民）の７歳の少女だけだった。

　今回のイランの攻撃は４月１日にイスラエルがシリア・ダマスカスのイラン大使館領事部を爆撃して破壊したことに対する報復だが、１４日、岸田首相は、「様々な働きかけにもかかわらず、イランがイスラエルに対する攻撃を行ったことは、現在の中東情勢をさらに悪化させるものであり、今般の攻撃を深く懸念し、このようなエスカレーションを強く非難する」という考えを明らかにした（外務省のページより）。ここでもまた岸田首相はイスラエルが４月１日にイラン大使館領事部を爆撃して破壊して、イラン革命防衛隊の司令官やシリア市民を殺害したイスラエルを名指しで非難することがなかった。岸田首相が非難するのはロシアやイランなどアメリカと敵対する国ばかりだ。

　岸田首相は、アメリカなど欧米諸国に対する憎悪やテロの動機となってきたイスラエルとパレスチナに対する不公平な「二重基準」をもっているかのようだ。イランは今回のイスラエルへの攻撃は、国連憲章５１条に基づく自衛権の行使だと説明している。大使館はイランの領土であり、４月1日のイスラエルによるイラン領事部への攻撃はイラン本土への攻撃であり、イランは憲章５１条に基づき、国連加盟国に与えられる自衛権を行使したものだと主張した。

　イランのハメネイ最高指導者も領事館、大使館はその国の領土の一部であることを強調し、邪悪な政権（＝イスラエル）が過ちを犯し、そのために罰せられるだろうと述べ、またガザでの出来事は西欧文明の「邪悪な本性」を世界に示したと語った。昨年の１０月７日以来ガザで殺害されたのは3万４０００人近くになったが、その多くがハマスのイスラエルへの奇襲攻撃とは関係のない子どもや女性たちだった。

　ハメネイ最高指導者がガザ攻撃は「西欧文明の邪悪な本性」というのは、西欧（欧米諸国）が当初からイスラエル建国を援助し、イスラエルに対する武器などの支援を行っていることを指している。欧米はユダヤ人に対する差別、迫害を行い、その贖罪の意味からもイスラエル建国を支持した。しかし、その贖罪の犠牲になり、土地を奪われたのは欧米の罪とは何の関係もないパレスチナのアラブ人たちだった。

　イスラエルは人口知能プログラムを使ってハマスのメンバーたちの居場所を特定し、配偶者、子どもたち、親戚、隣人とともに空から殺害するという市民の安全に対する配慮に欠いた手法で攻撃を行ってきた。

　アメリカ・バイデン政権と日本などその同盟国は、ネタニヤフ首相の行動を非難することがないままだ。Ｇ７、あるいはＮＡＴＯ諸国はイスラエルの戦争犯罪について無頓着であり続け、国際人道法は白人にのみ適用されるとさえ思っているようだ。そうした欧米の見方にアジアの国である日本が同調して追随している。アフガニスタンで支援活動を行った中村哲医師は「徹底して、アジアの同胞としての目の高さを失わず、いかに非能率に見えても自力更生援助を鉄則とし、傍らから見守る方針を貫いている。」と語っていたが、岸田政権のガザ問題に関する目の高さは欧米人のそれであり、パレスチナ人やイラン人をアジア同胞として同等に見るものではない。