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平和の尊さを訴えた早乙女勝元さんと戦争の非人道性を忘れない

「東京大空襲・戦災資料センター」の開設に尽力するなど戦争の悲惨さと平和の尊さを訴え続けた作家の早乙女勝元さんの著書『東京大空襲』(岩波新書)には「私は・・・名もなき庶民の生き証人を通じて、“皆殺し”無差別絨毯爆撃の夜に迫る。話すほうも、きくほうもつらかった。だが、そのつらさに耐えてくれた人のために、そしてまた、ものいわぬ8万人の死者のために、私は昭和20年3月10日を、ここに忠実に再録してみたい。私の人間としての執念のすべてをこめて。」と記されている。



 自らが編集した『平和のための名言集』(大和書房)の前文には「人間にとってもっとも得意とするのは忘却で、不得意なのは想像力だと言った人がいるが、道理に感動が加われば、想像力もより豊かになるのではないか」と書いている。過去の悲惨な戦争の歴史を忘れ、また戦争への想像力が働かない政治家たちが今また戦争を起こしている。

 早乙女さんはドキュメンタリー映画「疎開した40万冊の図書」(金高謙二監督、2013年)に証言者として登場している。この映画は、東京に空襲がある中で、都立日比谷図書館の蔵書40万冊を館員や都立一中(現日比谷高校)の生徒たちがリュックサックや大八車で約50キロ離れた奥多摩まで疎開させるというエピソードを描いたものだ。


 金高監督は、「(東日本大震災の)取材で陸前高田に行ったときに図書館の方に案内され、砂まみれでうず高く積み上げられた本を見て、人間が培ってきた歴史的な部分が否定されているような気持ちになり、本当に胸が痛くなった。それを人為的に戦争はやっている訳で、全く論外だと思う」と映画取材時の感想を語っている。

 この映画にはイラクのバスラ中央図書館の司書だったアリーヤ・バーケル(1952~2021年)さんも登場している。

 イラク開戦とともに、米軍はバグダッドなど北進していったが、南部都市バスラは、イギリス軍の空爆や砲撃に遭った。バスラ市長は元イラク軍兵士らとともに、バスラ中央図書館をイギリス軍に対する武装抵抗の軍事的拠点とし、図書館には対空機関砲が据えられた。バーケルさんらは図書館の蔵書3万冊を館員の自宅などに退避させた。イギリス軍がバスラに侵攻すると、バスラは水や電力に欠乏するという人道危機に陥ったが、イギリス軍は4月6日にバスラを陥落させた。イギリス軍の攻撃によって図書館は破壊され、5万冊の蔵書が焼失した。


 バーケルさんらのエピソードが『3万冊の本を救ったアリーヤさんの大作戦―図書館員の本当のお話(‘Alia’s Mission: Saving the Books of Iraq’)』(マーク・アラン スタマティー 〔著〕、Mark Alan Stamaty 〔原著〕、徳永里砂〔翻訳〕)などで紹介されると、世界中から寄付が集まり、バスラ中央図書館は新しい蔵書とともに、2004年10月に再開された。

 都立日比谷図書館も、バスラ中央図書館も空爆や砲撃によって焼失した。早乙女さんは空爆の非人道性を訴え続けたが、人間の知的財産を集積する場でもある図書館まで破壊する戦争はあらためて非人道的なものだと思う。イギリスは現在ロシアの軍事侵攻を最も激しく非難する国の一つだが、イギリス政府の指導者たちは自分たちが20年ほど前に理不尽で、非人道的なイラクへの軍事介入を行ったことを忘れているかのようだ。忘却は悲惨な戦争を繰り返すということを早乙女さんも主張していた。平和のための名言を編纂した早乙女さんの思いのように我々は戦争への想像力を研ぎ澄ませたいと思う。

芝居「三月十日のやくそく」を刊行した早乙女勝元さん
https://digital.asahi.com/articles/ASP324WRFP31UTFL00G.html

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