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忘れていたのは単純で純粋なことだった

 二度寝いや、三度寝、いやいや四度寝、もう一声、五度寝から覚めた日曜日。寝過ぎて逆にまだ眠いと思いながら頭上の時計で時刻を確認すると時刻は13時を過ぎていた。一日の半分以上、惰眠を謳歌したことに多少の罪悪感を感じるが、動き気にはなれない。呆然と天井を見つめ、一人暮らしの部屋に沈黙が流れる。何でもいいから音が欲しいなと思い、同じく頭上にあるリモコンを手に取りテレビを付ける。なんとなくチャンネルをザッピングしていると高校野球が放送されていた。春の選抜だ。

 長くて、苦しくて、つらくて、そんな冬を超えて、ようやくきた春。選手達がその成果を出すために、はつらつとプレーをしている。負けたら引退がかかる夏のピリつく緊張感とはまた違った選抜ならではの良さが、テレビ越しでも伝わってくる。この瞬間、この場所でプレーするためにここまで頑張ってきたんだろうなと思っていると、思わなくても良い疑問がふと脳裏をよぎった。
「みんなそうなのかな」と
甲子園でよく聞く常連校の選手達はそうなのかもしれないが、何十年ぶりに出場という学校はどうだろう。もっと言うと惜しくも甲子園に届かなかった全ての野球部員が本気で甲子園を目指しているのだろうか。そんな余計なこと考えながらベットを降り洗面台へ向かう。

 蛇口をひねり出てきた水を両手ですくい無造作に顔を洗う。
「冷た」
 3月末になるのだけども、まだ冷たい水に少し怒りを覚えると同時に、右の棚からタオルを取り出し、顔を吹く。ふきながら学生時代のことを思い出す。自分も高校野球をやっていたときのことを。

 当時の僕たちは本気で甲子園を目指してはいなかった。だって最後の夏の目標が県のベスト4だったし、甲子園なんで難しいだろうなと思っていたから。その結果僕たちは二回戦で姿を消した。もし全員が本気で甲子園を目指していたら結果は変わっていたのかな。

 たらればを考えてる内に顔をふき終わり、リビングへ戻り、ベットに再び寝転がる。つけっぱなしのテレビを見ずに、天井を見つめる。そしてまた疑問が浮かび上がる。

「じゃあなんでこんなにも一生懸命野球をやっているのだろうか」と

別にお金がもらえるわけでもないし、結果を出せばプロになれるかもしれないが、そんなのは本当一握りだ。それなのに夏は暑い中、地獄みたいなノックを受けたり、冬は寒い中、永遠と走ったりときついことをする理由はなんなのだろうか。
 そんな不毛なことを考えていると実況者の声が一人部屋に響いた。その声に反応しテレビに視線を映す。「右中間に抜けるー。ランナーは一人帰って二人目も帰ってきた。逆転だ。4番丸井による逆転タイムリー。最終回に追いつきそして逆転しました。」と逆転打を打った丸井はベンチに向け大きくガッツポーズをし、それに答えるようにベンチ全員がガッツポーズをする。みんな良い笑顔だ。

 あ、そうか。お金とかプロとか意味があるないとか、そんなことじゃないなとそれを見て思った。ただこのメンバーで勝ちたい。好きな野球を楽しみたい。それだけなのかなと。

 思い返せば当時の自分もそうだった。このメンバーと楽しみたい。できるだけ勝ちたい。目標に大小の差こそあるものの、全ての球児に共通して言えるのは、ただただ単純で純粋なことだった。そんな当たり前のことを忘れていた。何をぐだぐだ考えているんだ馬鹿だなと思った。

 何かをするのに何らかの理由を考えるようになったのはいつからだろうか。
 向いてる向いてないとか考えて、やりもせず無理だろうと決めつけたのはいつからだろうか。

大人になり視野が広がったはずなのに、選択は狭まってしまっていることに改めて気づいた。

 可能性があるとかないとかそんなことじゃないよな。自分の中で結論を出してテレビに目を向けると試合は終わっていた。9回表に逆転タイムリーを打った丸井のさよならエラーだった。

 これは結構しんどいだろうなと思いながらテレビを消し、何の予定もなかったが、なんとなく体を動かしたくなり外に出ることにした。

 あの4番には今回の悔しさを晴らせる夏がある。そこでぜひ爆発してもらいたい。

 じゃあ俺は何の目標がある。

 そんな疑問がまた頭をよぎる。だけど考えるのを辞めた。とにかく今は高校生に貰ったこのエネルギーを放出しにランニングへでかけよう。
そして走りながら考えようと思った。

 理由もなくあつくなれるものを探しに。

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