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コロナ気づき


休校事件によって


学校で働いていた時は、
学校が嫌だと思い込んでいたけれど、
自分が自虐的になって自分の授業を
責めていただけにすぎなかったことにきづいた。

休校になってから、
頭の上から
「あんたが動かないと今の先生は動けないのだよ、
 お前やってたんでしょ、さぼるな、やれよ」と
指示がやってきた。

私は闘っていて、
「だってだって、
私は、自信がないのだから」と
言い訳を何度もしたけれど、
それも今は通用しない時期で、
 
 
「まだ躊躇する気?
わがままやろうめ!」と言われ
頭の命令に従うことになった。

悩んでばかりの
自分の過去の職場とはおさらばして
すっきりしたつもりだったのに、
今は、そこと向き合わなくちゃならない。

でも、以前(というかたった今まで)
「自分はだめだだめだ、ほかに自分以外にいい先生が山のようにいる。私はいらないのだ。」
と自分に言い続けていたのをやめざるをえないことになった。
今度は、
それどころじゃないから、
できることをやるしかないんだ、
と思って出番が出てくると、


ああ、早くいろんな子供たちに出会って
図工、美術の喜びをしってほしい、表現を楽しんでほしい
10年以上前にあった初心の
その気持ちが、

気もちがむくむくとわきあがってきた。

「授業が怖い」という気もちは自ら生み出していただけ。

おおおお!なんてことだろう。

毎日、私のできる一番いい授業をすればいい。
それだけのこと!!


怖さが勇気にすり変えられた。

テニスプレイヤーの
伊達公子さんが二度とやりたくないと言ってやめて、
生け花とかやって、寄り道した後に
復活した時の純粋な気もち!!


やめなくてよかったかも、、と
よく思うけれど、
これって、一度、やめないと
得られないすばらしいものなんだろうなあ!

作文が入選しました。 「恨みに恨んだ父母との関係」は、 私が両親のことを 恨み、怒り、嫌っていたのをやめてみた時に 起こった出来事をつづったエッセイです。