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時差ぼけのリセットはヨーロッパで生きていたことを消していくみたい

帰国して気づけば3週間も経っていた。故郷での時間は早く過ぎていく、気がする。イギリスから帰るのがあんなに嫌だったのに、日本に戻ってきてみればしっくりして、海外で働き、暮らしていたことのほうが夢みたいに感じる。

帰国してからの2週間は、検疫フルコースを経験することになり、home countryにいるのにhomeには戻れていないような、不思議な時間になった。羽田に到着して、検査を受けて、政府の指定するホテルで2泊3日検査結果を待ったのち、羽田空港のホテルで残りの2週間の自己隔離期間を過ごした。この隔離期間については、別noteにまとめて書き残したいと思っております。

帰ってきた週の土日の羽田空港は、そこそこ混んでいた。羽田から2週間出られないわたしと、Go toキャンペーンに後押しされて国内を旅行する人たち。この人たちより、PCR検査を受けて陰性が出たばかりのわたしのほうが、よっぽど安全そうに思える皮肉。行き交う人々の会話がすみずみまで理解できる、ああ本当に日本に帰ってきたんだなあ。

非日常な場所であるはずの空港が、わたしの日常風景になっていくのは面白かった。最初は、狭いホテルの部屋に、一人でいるのが孤独に感じたけれど、女友達との電話に救われ、家族に救われ…。後半は、終わるのが少しさびしく思えるほど、空港生活がなじんできていた。人間の慣れる力ってすごい。夜、人のいない空港は寂しげで好きだった。空港で生活することは、もう一生に二度とないだろう。

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帰国したばかりの頃は、お店で売っているものの一つ一つがキラキラ輝いて見える。コンビニには、味覚のツボを押さえるお菓子や麺類が所狭しと並ぶ。抹茶味のお菓子も、砂糖の入っていない緑茶も、すべてがおいしそうに見える。イギリスで、わたしは「I love cute and useless stuff(かわいくて使いみちのないものが好き)」とよく言っていたのだが、日本にはそれがあふれている。わたし、こういう雑貨屋さんをぶらぶらはしごするのが好きだった。イギリスと同じ楽しみは、必ずしも日本にはないけれど、イギリスでわたしが忘れていた楽しみが、日本にはある。

ホテル暮らしは、時差ぼけを治すには不向きである。日光に当たらないので、時差ぼけがなかなか治らない。朝起きづらく、夜は眠れない。眠れない日々はつらいけれど、ヨーロッパで暮らしたことの証にも感じて、少しずつ日本に順応していくのは寂しくもある。結局、日本のリズムで起きられるようになるまで、まるまる2週間もかかってしまった。

最初は、日本語を浴びるのがどうしてもつらくて、NHKワールドやBBCをテレビでつけていた。おそらく、心が日本に帰ったことを、まだ受け入れられていなかったのだと思う。帰国から3日くらいして、土曜日夕方の笑点を見て笑えたことにほっとした。イギリスのテレビも好きだったけど、コメディ番組やクイズ番組は、言語や文化の壁に阻まれて楽しみきれなかったから、母国だとすみずみまで文化を楽しめるのはいいなと思えた。

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ホテルを出ると、ひさびさの外気を浴びて、すぐ熱中症気味になった。コートを着る日もあるほど涼しかったイギリスの夏を経て、2週間屋内に缶詰めの生活を送っていた私に、ナゴヤの夏は暑すぎた。それすら少しずつ慣れて、多少は歩き回れるようになってきた。しみじみ、人間の慣れる力ってすごい。(2回目)

今はまだ、日本のものも新鮮に見えて、自分が好きだったこと、自分の日常だったことを再び発見するのを楽しめている。それでも、イギリスに住み始めた頃のような、ときめきや高揚感はない。「そうそう、こんな感じだった」と思い出すだけだ。4年前に、10カ月のフィンランド留学から戻ったときは、しばらく日本を離れてから帰国する、ということ自体が初めてだったから、「うわー日本だ! 言葉が全部聞こえてうるさい! 新宿ごちゃごちゃしてる! 東京の道きたない!」とかとか、典型的逆カルチャーショックに苦しんだけれど、それすら2度目となると驚きもあまりない。年を重ねるごと、経験を重ねるごとに、初めてのことに出会うのがむずかしくなっていく。そんななかでも、これからしばらくは日本で、自分を好きになること、自分の住む街を好きになることを心がけて精進していくつもりです。イギリスやフィンランドのことも、忘れぬようnoteに書いていきたいと思うので、今後ともどうぞよろしくお願いします~。

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