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「とりあえず戻ってこい」は通らないー会社の意向に基づき出勤拒否した労働者に対する解雇の無効とバックペイの支払いが認められた事例ー【ダイワクリエイト事件・東京地判令和4年3月23日判決】

いわゆる「不当解雇」事件では、労働者側から使用者側に対して解雇無効を前提とする労働者としての地位確認とそれまでの未払賃金(バックペイ)を請求するのがセオリーです。

ところで、このバックペイの請求が認められる法的根拠は民法536条2項にあります。
すなわち、同条は「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」と定めています。

ここで、不当解雇事案では、「債権者」とは使用者側を、「債務」とは労働者側の労務の提供を、そして「反対給付」とは賃金をそれぞれ指します。

そこで、不当解雇事案においては、同条を「労働者が労務を提供できない場合でも、それが使用者側の責任による場合、使用者側は労働者からの賃金請求を拒むことができない。」と読むことになります。

もっとも、同条が適用される前提には、「労働者側が労務を提供したくも使用者側のせいでそれができない。それにもかかわらず賃金が請求できないのは不公平」という価値判断があります。

そこで、最近では一部の使用者側は、この構図を逆手にとって「解雇は撤回するから職場復帰せよ」と命じてくることがあります。

このような場合、ほとんどの労働者はホンネでは不当解雇するような使用者のもとで就労する気などないので「職場復帰なんかできません」ということになります。

そうなった場合、使用者側は「待ってました」と言わんばかりに「就労を拒絶しているのは労働者自身の判断だから民法536条2項は適用されない。したがって、バックペイの支払義務はない」と主張してきます。

しかしながら、最近、このような使用者側の主張を封じる可能性のある裁判例がでました。
今回は、そのような裁判例としてダイワクリエイト事件(東京地判令和4年3月23日判決)を取り上げます。

どのような事案だったか?

本件は、原告労働者が被告会社代表者より「会社をやめろ」と言われたため、以降の出社を拒否したところ、被告会社から解雇されたため、当該解雇が無効であるとして労働者としての地位確認とバックペイを請求した事案です。
裁判所は原告の請求を認めました。

本件の事実経過

  • 令和2年3月2日、原告、ハローワークを通じて被告会社に就職(試用期間:~令和4年4月30日)

  • 令和2年5月1日、原告、被告会社に本採用される

  • 令和2年6月24日、原告、被告代表者と面談。その際、被告代表者から勤務態度の問題を指摘され、併せて「自分からやめてくれるとしたらいいけど」「一番いいのはやっぱり自己都合による退職」などの退職勧奨を受ける

  • 令和2年6月25日、原告と被告代表者との間で口論。その際、原告と被告代表者が相互に相手に対して携帯電話のカメラを向けて動画撮影を行う。また、このとき、被告代表者、原告に対して「あなたにこの会社でしてもらう仕事はない」「目障りなので帰って下さい」「お前とは仕事はできないからやめろ」と述べる。これに対し、原告、被告代表者に「今後は会社に来るなという意味か」と確認すると、被告代表者はこれを肯定

  • 同日、被告代表者、社屋の入り口の鍵を交換する

  • 原告、以降、被告会社へ出勤せず

  • 令和2年6月30日、被告代表者、原告に対してLINEで「当社を気に入ってもらい引き続き働きたいという気持ちで、休んでいますか」「まだ働きたいのであれば、出勤して下さい」「業務内容も合わないようなので、再考しましょう」「このメールを出すのに相当な覚悟をしていることをご理解ください」とのメッセージを送信

  • 令和2年7月1日から同月3日まで、被告代表者、原告に対して出勤を求めるメッセージを送付する

  • 令和2年7月7日、被告代表者、原告に対して「たびたびの、出社要請も、完全に無視され、今後の対応に苦慮しております。ご連絡ください」とのメッセージを送る。これに対し、原告、「ご自身が発言された言葉には、責任を持って下さい。」「社労士か弁護士のあさはかな知恵でそのように対応してくださいといわれて、行動されているのでしょう」「会社を15年強も運営されてきて、しかも70歳をこえた人の発言ですか?」などと返信

  • 令和2年7月22日、被告会社、原告に対して無断欠勤を理由に同年8月28日付で解雇するとの意思表示

裁判所の判断

裁判所は概略以下のとおり述べて原告の請求を認めました。

  • 被告代表者が令和2年6月25日に述べた「あなたにもうこの会社でしてもらう仕事はない」などと述べ、原告がこれを受けて、今後は会社に来るなという意味かと確認したところ、被告代表者が肯定したことは、原告による以降の労務提供の受領を拒絶するものと評価できる。

  • 原告が出勤しなかったことは、被告から労務の受領拒絶を受けたからであると認められ、当該労務の不提供は、被告の帰責事由に基づくものというべきである。したがって、令和2年6月25日以降の欠勤をもって解雇の事由に該当するということはできない。

  • 一度はそれ以降の労務提供の受領を拒絶された原告に対し、受領拒絶の事実を前提としない(したがって、当該受領拒絶を撤回する趣旨であるとも評価できない)メッセージを送り、その中に出社を促す記載をしていたとしても、これによって被告が上記受領拒絶の状態を解消し、以降の原告による労務の提供を受領しようとする意思を表示したものとみることは困難である

  • したがって、原告による労務の不提供は、被告会社の責めに帰すべき事由によるものであることに変わりはないから、被告会社は原告からの未払賃金請求を拒むことができない。

判決に対するコメント

いくつかの検討課題はありそうですが、歓迎すべき判決です。

今回の事例は、被告代表者が原告に対して一度は出勤拒否の態度をとったものの、その後は原告に対して数回にわたり出勤要請をしているという特徴があります。
しかも、原告から被告代表者に対するメッセージはかなり攻撃的であり、労働者側からの就労拒否の意向も明確にも思えます。

それにもかかわらず、裁判所は被告代表者が出勤拒否の態度をとった事実を認めていないことを重視し、「受領拒絶の状態の解消」がなされていないとして民法536条2項によるバックペイを認めました。

確かに、労働者側からすると、使用者側から職場復帰の要請がされているとしても、労使の対立の引き金となった出勤拒否の言動につき使用者側から非を認めて事態改善の約束をしてもらわないとその後の就労に強い不安と不信感を覚えるところです。

そのため、裁判所が民法536条2項の適否の判断要素として、単なる出勤要請だけではなく、使用者側自身による主体的に「受超拒絶の状態の解消」をも求めた点は高く評価できます。

しかも、本件において被告会社は、令和2年6月25日の時点では原告の出勤を拒否するまでに止まっており、原告を解雇するまでには及んでいませんでした。

そうすると、労務受領の拒絶の態度がより明白である解雇の場合には、なおさら強い「受領拒絶の状態の解消」が必要であるということができそうです。

そのため、本件の事例は、あるいは今後の不当解雇事案における解雇撤回・職場復帰命令事案において使用者側によるバックペイ逃れを封じる重要な先例ともなるかもしれません。

その意味で、今回の裁判所の判断は非常に高く評価できます。

他方で、今回の事例では「どのような言動があれば労務受領拒絶の態度があったと評価できるか」「「受領拒絶の態度の解消」のために必要な対応は何か」「労働者側の態度は「受領拒絶の状態の解消」の判断に影響するか」という点には今後の検討課題があるようにも感じました。

以下、この3点に分けてコメントします

どのような言動があれば労務受領拒絶の態度があったと評価できるか?

まず、本件の事例では被告代表者による労務受領拒絶の意向がかなり明確という特徴がありました。

すなわち、被告代表者は、原告に対し、出勤拒否の態度をとるに先立ち、原告に対してかなりしつこく退職勧奨を行い、併せて、「あなたにこの会社でしてもらう仕事はない」「目障りなので帰って下さい」「お前とは仕事はできないからやめろ」という攻撃的口調で出勤を拒否し、しかも原告からの出勤拒否の確認を肯定した上で事務所入り口の鍵まで交換するということまでしています。

このように、本件では外部的な状況から被告側に明白な労務受領拒絶の意向が認められるという特徴があるため、その分だけ高いレベルの「受領拒絶の状態の解消」が求められたとも考えられます。

しかしながら、使用者側から解雇や出勤拒否をされる場合、少なくない労働者は明確な抗議をしないままいったん職場を離れるという態度をとるし、使用者側も鍵の交換までは行わないと思われます。

そのため、今回よりも使用者側の出勤拒否の態度がマイルドであったり、労働者側からの追及が弱い場合にまで今回の判決の基準が使えるのかは課題がありそうです。

私個人としては、使用者側において対象労働者の出勤がどうしても不適当であると考える場合でも、およそ出勤拒否や自宅待機を命ずる以上は、その具体的な事実と就業規則等の根拠を示した文書によって行われるべきであると考えます。

そのため、使用者側が、仮に指導の趣旨でも「会社に来るな」という発言すること自体が、労働者に対して使用者に対する強い不安と不信感を与える背信的行為であると考えることから、使用者側の表現が今回よりも多少マイルドだったり、労働者側からの積極的な追及がなかったりしても労務受領拒絶の状態を認めてよいと考えます。

「受領拒絶の状態の解消」のために求められる対応は?

もうひとつの課題は、どの程度の対応をすれば「受領拒絶の状態」が解消されたといえるのかというものがあります。

今回の裁判例は、使用者側が民法536条2項の適用を免れるためには、「受領拒絶の状態の解消」が必要としています。

しかしながら、裁判所は具体的にどうすれば「受領拒絶の状態の解消」が認められるかを明らかにしていません。

この点、裁判所は「受領拒絶の事実を前提としない(したがって、当該受領拒絶を撤回する趣旨であるとも評価できない)メッセージを送った」という点を、「受領拒絶の状態」が解消されていない理由としています。

逆に言うと、被告代表者が原告の出勤拒否をしたという事実を認めれば、「受領拒絶の状態の解消」が認められるのか、というと、そこは判然しません。

「私が悪かった。戻ってきてくれ」と言えば許されるのか、それとも、それ以上に「もうこういうことはしない。」と約束することが必要なのか。さらに加えて、「再発防止のために、●●という対策もとる」という具体的な改善策を示すことまでが「受領拒絶の状態の解消」に求められるのか。

私としては、そもそも使用者側が労務の受領拒絶や解雇の意思表示をすること自体が、労働者に対する強烈的な敵対的行為であり、実際に労働者のメンタルに与える負荷も非常に強いものがあるところから、前非を悔いるだけでは足りず、違法な労務受領の拒絶や不当解雇に至った経緯の総括とそれに基づく具体的な改善策の提示までが必要と考えます。

ただ、このような考えを裁判所が同じ見解をとるかは不透明です。
むしろ、職場復帰を認めればその時点で労務受領の拒絶は解消されたと評価する傾向の方が現時点では強いかもしれません。

この点は、裁判所が労働者の受けるストレスに対してどれほど共感できるかという要素も絡んでくるので、労働者側弁護士としてはその点をどれだけ丁寧に主張できるか、その手腕が問われるところといえそうです。

労働者側の態度は「受領拒絶の状態の解消」の判断に影響するか?

さらに、労務の「受領拒絶の状態の解消」について使用者側に求められる努力は、労働者の態度如何によって異なるのかも今後の課題として挙げられそうです。

すなわち、もし労働者側の方も就労拒絶の意向が強いということであれば、労働者側に再度出勤を求めることは期待できないため、その場合でもなお「受領拒絶の状態の解消」を使用者側に求めることは無理を強いるものとして酷ではないかという考え方もあり得そうだからです。

この点、今回の判決が認定した事実では、原告側にも非常に強い就労拒絶の意向が示されています。

しかしながら、それでも裁判所はその点については重要視せず専ら使用者側の対応に着目して「受領拒絶の状態の解消」を認めていません。
そうすると、今回の裁判所としては労働者側の就労拒絶の態度は、使用者側に求める対応義務の重さに影響しないと判断していると理解できそうです。

私個人としても、そもそも使用者側の出社拒否という態度自体が類型的に労働者に対して強いストレスと不信感を生むものであることからすれば、労働者側の就労拒絶の意向が使用者側の出社拒否の態度により生じたという関係があるのであれば、使用者側は完全に対象労働者の不信感を解消する必要まではないものの、一般的・平均的労働者が抱くであろう不信感を解消するに足りる程度の具体的対応をする必要はあると考えます。

ただ、この点も労働者側の職場復帰の可能性とのバランスで使用者側の「受領拒絶の状態の解消」義務の内容が変わるという考え方もあり得そうですので、このような争点が生じるのかも含めて今後の動向を注視したいところです。

最後に

以上、ダイワクリエイト事件(東京地裁令和4年3月23日判決)を取り上げました。

冒頭でものべましたが、近時の解雇無効時案では、使用者側」弁護士がバックペイ逃れのために「「とりあえず出勤を要請しておいた方がいいよ」とアドバイスすることがあります。

しかしながら、そのような手段で簡単にバックペイを逃れられるというのは、普段から真面目に労務管理をしている良心的な企業を愚弄するものです。

また、労働法を適切に運用しようとしている本当の意味での使用者側弁護士にとっても迷惑な話でしょう。

今回の裁判例は、労使の立場にかかわらず、およそ労働法を適切に運用しようという弁護士であれば是非とも頭の中に入れておくべきものだと感じました。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。


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