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【読書】ツージーQ『ぶどう園物語』

私としてはQP-CRAZYのベーシストという印象ばかりが強いツージーQの自伝漫画だ。

ツジムラ(ツージーQ)は故郷の長崎から上京してよく出入りするようになった通称ぶどう園と呼ばれる長屋で遠藤ミチロウと出会いコケシドールを結成。のちに解体作業のアルバイト経験からバラシに改名したまでは良かったものの、更にバンド名を自閉体(そこから更にTHE  STALINに改名)に変更することになったことがどうしても受け入れられず、生活の行き詰まりもあり遠藤ミチロウとは袂を分つ。

そこからツジムラの放浪が始まる。生活のためにハコバンでディスコナンバーを演奏する日々の中で、過激なパフォーマンスから社会現象にまでなったスターリンの噂を度々耳にするが、職業意識の強いハコバンのメンバーにはとても自分がかつてメンバーだったことなど言い出せない。色々なバンドを渡り歩き、その中で遠藤ミチロウと共演しかつての非礼を詫びたこともあるが、同じ夢を見た友人のことは片時も忘れることが無かった。しかしすれちがったまま遠藤ミチロウを永遠に失ってしまう。

ツージーQの漫画といえば、私にとっては彼が所属していたバンド、QP-CRAZYのヴォーカル、CRAZY-SKBが運営していたインディーズレーベル、殺害塩化ビニールが発行していた雑誌「殺害菌M666」に掲載されていた不条理で破滅的な漫画が思い出される。またこれもQP-CRAZYのメンバーであったプロレタリアート本間が恐怖新聞名義で自主制作していたカセットテープ「死の調教シリーズ」のジャケットや、QP-CRAZYの前身となったバンド、ハイテクノロジースーサイドのアートワークだ。これらのイラストや漫画の、日本古来の地獄絵に出てくる餓鬼どものような醜さ、そのドライな死に様を印象として持っている私にとって、この漫画の真っ直ぐな詩情は意外だった。

ハイテクノロジースーサイド以降のツージーQの寛容なようでいてどこか投げやりな佇まいの根幹にはこの漫画に出てくるような深い悔恨があったのかもしれない。そんな風に思わされるような、もう二度と再び手にすることができないものに対するとりかえしのつかない憧憬や愛情というものが満ちている漫画だった。

資料的価値から言っても、自閉体以前の活動内容や結成の経緯は貴重な証言だし、私のようなハイテクノジースーサイド以降のファンにとっても、ハコバン時に浜岡原子力発電所を擁する御前崎(作中では拝前崎となっている)のホテルでディスコを演奏していたという話はQP-CRAZYの曲「原死炉苦ディスコ」を連想させる。ハイテクノロジースーサイドのライブの描写もある。

とにかく、これはアングラ(サブカルでは無い)に身を置き続けながら過去への悔恨と新生への渇望を失わなかったツージーQでなければ描けない漫画だと思う。些細なことで大切な友人と袂別してしまった過去を持つような、現実を否定しながら漠然とした夢を追い続けて大人になってしまった全ての人に読んで欲しい。こんな大作の詩、若造には書けやしませんぜ。

追記

このツージーQ『ぶどう園物語』を特集した『アックス No.153』での湯浅学とツージーQとの対談で、ツージーQが30歳で結婚してバンドを続けるかやめるか悩んだ挙句、もう少し頑張ってみようと思って当時メンバー募集をしていたマッドカプセルマーケッツと恐悪狂人団から恐悪狂人団に入ることにしたというエピソードを読んで声を出して笑ってしまった。なんでそうなるんだと思う一方で、結果的にそこからハイテクノロジースーサイド、QP-CRAZYと現在までバンドは続いているんだからおもしろいものだと思う。現在は夫人の実家がある大分で農業を営み、直売所では真っ先に売れるほどの人気だという。本当に人の一生はわからないものだ。

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