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-映画紹介-『市民ケーン』−24歳の素人がこれほど革命的な映画を創ると誰が想像できただろう?

《乱れ撃ちシネnote vol.109》

『市民ケーン』オーソン・ウエルズ監督  1941年公開 アメリカ

「死ぬまでに観たい映画1001本 第5版」選定作品。

鑑賞日 2023年5月31日 U-next

【Introduction】
前回紹介したデヴィッド・フィンチャー監督『Mank マンク』は本作の制作裏話だ。

初めて『市民ケーン』を観たのは10代の終わり頃だったと思う。
面白い映画だがどのへんが「世界最高の映画」なんだろうという疑問は残った。
その後数多くの映画を観て本作を何度か見直しているうちに納得できた。

今になってこの映画を観ると以前ほどトキメキを覚えることはないけれど素人の24歳の若造が82年前にこれを監督したとは!

【Story】
1941年、アメリカ。
フロリダにある“ザナドゥ”と呼ばれる大邸宅に住む元新聞王のチャールズ・F・ケーン(オーソン・ウェルズ)が死の床で“バラのつぼみ”とつぶやいて一人寂しく生き絶えていった。

ケーンの死は世界中の新聞で大きく報じられた。

映画館で上映するケーンの死を報じるニュース映像を作っていた製作者が制作途中でストップした。もっともっとケーンの人間性を引き出した内容にしなくては。
ケーンが死ぬ間際に口走ったローズバッド(バラのつぼみ)とはいったい何だったのか?
この言葉は何を指しているのか。
大統領にもなれた男が最後に口にした言葉だ。
公開を2週間延ばして“バラのつぼみ”の謎を徹底的に解き明かそうではないか。
ケーンとパートナーだったバーンステイン(エヴェレット・スローン)や二番目の妻、元従業員や知人、味方も敵も全員に当たれと命じられ、
ニュース記者のトンプソン(ウィリアム・アランド)の取材が始まった。

ということで、
貧乏で幼い頃に養子に出されたチャールズ・フォスター・ケーン。
全米の多くの新聞とラジオ局を手中に収めアメリカの世論をコントロール出来るほどのメディア王に成り上がったケーンの人生がトンプソンの取材からだんだん浮き上げってくるという物語です。

【Trivia & Topics】
*オールタイム・ベスト1。
本作は1933年(昭和8年)にイギリス国内の映画促進(教育上の役割を含む)を目的として設立された英国映画協会が10年ごとに選出するオールタイム・ベストテンで1962年〜2002年まで5回連続(50年間)第一位に選ばれました。
ちなみに10年後の2012年に『市民ケーン』を蹴落としたのはこの作品です。

そして2022年はこの作品となりました。

『市民ケーン』はアメリカにおける映画芸術の遺産を顕彰するアメリカの映画団体のアメリカン・フィルム・インスティチュート(AFI)のアメリカ映画ベストテンでも第一位にランキングされています。

*天才オーソン・ウエルズの軌跡と奇跡。
・オーソン・ウエルズは1915年5月6日にウィスコンシン州ケノーシャで生まれた。
幼年時代から詩、漫画、演劇に才能を発揮する天才児だったが、
傍若無人な性格で人とトラブルを起こす問題児でもあった。

・いじめられた神童。
イリノイ州ウッドストックにあるトッド校に通い最初の演劇を制作して俳優として出演した。怪談話、手品、ほら話でクラスメートを驚かせたが肥満児だったためにいじめも受けた。

・演劇デビュー。
1931年16歳でアイルランドのダブリンにある有名なゲート劇場で脇役として舞台デビュー。
1934年にアメリカに戻り、ラジオ・ドラマのディレクター兼俳優となる。
その後斬新な演劇を上演して伝統を重んじる演劇人や批評家からバッシングを受けたが舞台はヒットする。
ウエルズの斬新で攻撃的で反体制的な演劇を演劇界は締め出そうと画策するが毎回人をあっと驚かせるような機転で逆境を切り抜けた。
数々の舞台の成功でウエルズは劇団「マーキュリー劇場」を主宰し、多くの実験的な演劇を上演して高く評価されるようになる。

・1938年7月。
CBSラジオで小説や演劇を斬新な形式で短編ドラマ化する番組『マーキュリー放送劇場』を毎週演じたが聴取者の反応は今ひとつだった。
しかし、同年10月30日、ハロウィン前夜。
H.G.ウェルズのSF小説『宇宙戦争』を翻案して現代のアメリカに舞台を変えた『宇宙戦争』を、臨時ニュースで始まり、あたかもニュースのように仕上げた前例のない構成や演出と迫真の演技のドキュメンタリー形式のドラマで放送した。
ウエルズの裏番組は国民的な大人気のインタビュー番組でほとんどのアメリカ人が聞いていた。ウエルズはこの番組を聞き続けた結果、ゲストが面白くない週には聴取者はザッピングして他の番組を聞くことをつきとめた。

そこでウエルズは『宇宙戦争』放送の冒頭に「これはフィクションです。ドラマです」と3回だけコメントを入れたが裏番組が面白くなくて途中から聞き始めた聴取者たちはこのコメントを聞いていなかった。
そのためにニュースだと勘違いして火星人が襲来したと思い込み多くの人々がパニックを起こした。
そしてこれは社会学のテーマとしても取り上げられた。

っが、
長い間「宇宙戦争」伝説が語られていましたが実はこれは都市伝説だったと最近では言われています。

全国の警察に膨大な量の問い合わせの電話があったことは事実です。
ただし放送を聞いた人がショックにより病院へ運ばれたとか、聴取者が心臓発作を起こした、とか、逃走しようとした市民が交通事故を起こしたという噂は検証されていません。

ただしこれも、
国民が熱狂し始めた新しいメディアのラジオを警戒した新聞がことさらバッシングを行ったことが都市伝説化したものだとする説も有力です。

ウェルズ自身も後年になってから「パニックが起きたというのは新聞記者たちの思い込みによるでっちあげだよ」と述べています。

なにはともあれ何をやっても伝説になるお騒がせ屋のオーソン・ウエルズはとてつもなく面白いので大好きなんです。
ウエルズさんのこの映画もぜひ御覧ください。
映画的快感におぼれて頂きたいです。

*『市民ケーン』という作品。

その1 映画は光と影の芸術。
冒頭の12分頃。
編集長とスタッフがニュース映画を検証するシーン。
議論している人が全部シルエットです。
とても効果的なシーンだと思います。
光と影で創造されているのが映画なんです。

その2 どうやった撮ったの?
15分目あたり。
二番目の妻スーザン・ケーンが登場するシーン。
彼女が出演しているクラブの屋上のネオンサインをくぐり抜けて階下のステージにカメラが動くシーン。これには驚きます。
その後ブライアン・デ・パルマ監督が傑作『ファントム・オブ・パラダイス』で見事にパクっていたのでニンマリしました。

その3 被写界深度。
30分目あたり。
「私がケーン氏に初めて会ったのは1871年」のシーンです。
子供時代のチャールズが雪降る中を「ケーン下宿屋」の前で
一人で雪ぞりで遊んでいます。
それを室内の窓から見ていた母親が気をつけなさいよと
注意します。
その後息子チャールズを養子に出す話をしながら室内の机まで
母親が歩きます。そこからケーンの母親、父親、銀行家サッチャーの
間で話あいが続きます。
母親の顔がドアップでワンショット長回しのこのシーンの後方の窓越しに、
チャールズ坊やが雪ぞりで遊んでいるのがはっきりと映っているんです。
これはショックを受けました。

長回しもすごいですが、
はるか遠く窓越しに雪ぞりで遊んでいるチャールズと
手前の3人の両方にピントがあっているんです。
前にも後ろにもピントが合っているということは
ものすごく被写界深度が深いということです。
ということはレンズの絞りを極限まで絞る。
ということは、物凄い光量がないと映らない。
現場は熱くて大変だったと思います。
雪のシーンなのに。
平凡なシーンに見えるかもしれませんが、
人間の目は前にピントが合えば後ろはぼやけてしまうのです。
つまり人間の目では見られないシュールな画像なんです。
地味ですが。
絵画で言うとハイパー・リアリズムです。

その3 何で天井が。
欧米の住宅を撮影した場合天井は映りません。
人間と天井を写し込むためには地面を掘ってカメラを設置しなければ
映りません。
小津安二郎じゃないんだから。
さりげなくそんなカットをウエルズさんは入れてます。

今となっては「だからどうした」「それが何なの」と言われそうなテクニックかもしれませんが、
本作品が制作されたのは今から82年前。
日本では、
小津安二郎の『戸田家の兄妹』とか、
溝口健二の『元禄忠臣蔵 前篇』が公開された年です。

その4 ケーン夫妻の愛情の変化。
60分目頃。
ケーン夫妻の食事シーン。
急激にカメラがパンすると時代が変わります。
それにより夫妻の愛情の距離の変化が分かります。

とにかく今までに見たことがないような映像オンパレードなんです。

これはオーソン・ウエルズが映画の素人だったのが良かったのでしょう。
何が出来て何が出来ないかの予備知識がなかった。
「こういう風に撮りたい」と前例のない映像を撮影監督に指示した時に「そんな撮影は出来ません」と断らずにケーンの希望を叶えた撮影監督グレッグ・トーランドの柔軟な姿勢のおかげです。
トーランドはジョン・フォード、ハワード・ホークス、ウィリアム・ワイラーなどと仕事をともにして『嵐ケ丘』(1939)でアカデミー撮影賞を受賞しています。

そしてもう一人重要な人。
『Mank マンク』にの主役アル中シナリオライターが書き上げたみごとな脚本です。
契約当初はクレジットには入らない予定だったハーマン・ジェイコブ・マンキーウィッツの脚本の貢献度は高いですね。

*とは言え賛否両論。
フランスの著名な映画評論家ジョルジュ・サドゥールは本作を「ハリウッドに一夜降ったドルの大雨で生えてきた巨大なキノコ」と呼んだ。
この作品にあるのは「古いテクニックの百科事典」
前景と後景を同時に写す撮影法はリュミエール兄弟『ラ・シオタ駅への列車の到着』で実現済み、非現実的なセットはジョルジュ・メリエスであり、素早いモンタージュや二重露光は1920年代の作品に実証ずみ、天井が写るのはエリッヒ・フォン・シュトロハイム『グリード』、ニュース映像の挿入はジガ・ヴェルトフを思わせる。ウェルズはそれらをつぎはぎしたに過ぎないと猛烈に批判している。

今回この作品を久しぶりに観て決めたことがあります。
今まで長い間我が生涯3大名作映画の一本だったのですが、
この作品をはずすことにしました。
新たに加える作品候補が2本あるのですが迷ってます。

我が生涯三大映画については次回に述べる予定です。

【5 star rating】
☆☆☆☆

(☆印の意味)
☆☆☆☆☆:超お勧めです。
☆☆☆☆:お勧めです。
☆☆☆:楽しめます。
☆☆:駄目でした。
☆:途中下車しました。

【reputation】
Filmarks:☆☆☆★(3.7)

Amazon:☆☆☆☆

u-next :☆☆☆☆



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