問診

セカンドオピニオンをとらなかった乳がん患者の真意

「こんなのなんでもないですよ。だいたい乳がんっていうのはね・・・・・・」

乳腺外来のベテラン医師は、眉間にしわを寄せて説明を始めた。
「昨今は胸にしこりがあるとすぐに乳がんを疑って受診する人が多いけど、そもそもこの位置にできるしこりはがんでないことが多い。ほら、こうやって触ってみたときに、ここらへんにできるのが乳がんで、自己診断でもある程度見つけることができるんですよ」

ベテラン医師が示した場所に、私の気になるしこりは存在しなかった。

なぁんだ、やっぱり取り越し苦労だったんだ。
心底安心して、帰路についた。
あれは確か2013年の秋だったと記憶している。

4年後。
人間ドックの結果、精密検査が必要、というお知らせが。

ま、まさか・・・・・・?!
でも、あのとき、なんでもないですよって言われたし、1年ごとに乳がん検診も受けているし、何かの間違いでは・・・・・・。

そう願いながら、人間ドックを受診した病院で、精密検査を受けた。
担当してくださったのは、40代と思われる乳腺専門医だった。

「細胞診の結果は、5段階の5。明らかに悪性ってことですね~」

淡々とそう告げるドクター。
まるで「風邪ですね」と言うのと同じトーンで。

冷たいのではない。
毎日何十人もの乳がん患者を診察しているドクターにとって、細胞診の結果が悪性なのは決して珍しいことではないからだ。

「先生、それって確定ですか?」
そう尋ねると、「え? がんですか? そうですね」といともあっさりした回答が返ってきて拍子抜けした。

テレビドラマで見る告知シーンは、この世の終わりを思わせるような深刻なタッチで描かれることが多い。
その衝撃的なイメージと、実際があまりにもかけ離れていて、そのギャップに唖然としてしまった。

まあ、現実なんて、案外こんなものなのかもしれない。

私は、乳がんに罹患したこと、右胸全摘出手術を受けることを、職場にも友人にもオープンにすることにした。身近な人が罹患したことで、乳がん検診の受診率があがり、早期発見につながれば・・・・・・という思いと、応援してもらいたいという気持ち、その両方があったからだった。

情報公開すると、どういう経緯で見つかったのかと聞かれることが多くなった。そのときに、なんでもないですよ診断をしたベテラン医師のことを話すと、友人たちは、異口同音に、そのときになぜセカンドオピニオンをとらなかったのか、と聞いてきた。

なぜって・・・・・・?

私はうまく答えることができなかった。
そして、ずっと考えていた。
私はなぜ、あのとき、別の病院を受診しなかったのだろう、と。

同時に、ベテラン医師のなんでもないですよ診断は、果たして誤診だったのかというと、そうでもないのかもしれないという思いも抱いていた。あの時点では良性腫瘍で、本当になんでもない状態だったのかもしれない。
そうだとすると、いつ悪性になったのか、どこで気づくことができたのか。
その答えは見つからないまま、手術の日が近づいてきた。

手術の3日前に最終確認が行われた。ドクターが病巣をひとつひとつ確認しながら、胸にマジックで印をつけていくものだった。
大きく描かれた円の中に、無数の小さな丸、これがすべて病巣だという。
いったいいくつあるのか。数える気も起きないほどだった。
そしてそのとき初めて、2013年にセカンドオピニオンをとらなかった理由に気がついた。

もしも、4年後にこんなに広範囲にたくさんの病巣ができて、手術を受けなければならなくなることがわかっていたなら、迷いなく、別の病院を受診していただろう。

でも、まさか、こんなことになるなんて、想像すらしていなかった。
だから、セカンドオピニオンの「セ」の字も、思いつかなかったのだ。
それが、答えだった。

後日、乳がんを患った芸能人が、医療機関の治療方針を受け入れられず、民間療法に頼って、最終的に命を落としてしまった、という報道を見て、きっと彼女も同じだったのではと思った。

幼い我が子を残して旅立つ日が来ることがわかっていたなら、もっと早くに違う道を選んでいたに違いない。
本人も、家族も、悔しくてたまらないだろう。

私たちは、未来を見通すことができない。
だから、「今」ある選択肢の中から「最善」を選ぶこと。それが、私たちに用意された、最大にして唯一の道なのだ。
しかしそれが本当に「最善」なのかどうかは、後になってみないとわからない。
だからこそ、考えに考え抜いて、選びとっていかなければならないのだ。

セカンドオピニオンの「セ」の字も思いつかなかった乳がん患者は、4年後に右胸全摘出手術を受け、術前となんら変わらない日常生活を送ることができるまでに回復した。
手術を受けるという選択は「最善」だったのだ。

その「最善」が、今の私の命を、つないでいる。

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