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#157 22才の別れ #夏ピリカ応募


れいはほんとにそれでいいのか?」
『いいわけないでしょ。ここで追いかけてくるでしょ、普通は‥‥』

いつきは追って来なかった。

『樹のバカタレ』


ふたりの間ではよくありそうなひとコマだったのだ。
玲の感情が極まると、その訴え方がわからなくなって外に飛び出す。
こんなこと何度もあったし、そのたびに樹に掴まれた腕を振りほどこうともがくのだ。そうやってジタバタすることで、怒りや諦めや、言葉にならない毒を振り落としていたのかもしれない。
樹に謝られて、懇願されて、玲はこどものようにかぶりを振りながらも、ホッとして部屋に戻るのだ。
ゆがんだ、チープなトレンディドラマみたいな恋愛‥‥


なのにその日だけは違った。

連れ戻してもらえなかった玲は、「二度と来ない」と啖呵を切って出た部屋には戻れなかった。
頭の中に言葉が氾濫しているのに「ごめんなさい」だけが言えない。

ボタンをかけ間違ったら全部を外さない限り、間違いは加速し続ける。


梅雨明けのけだるい午後、玲は遠くの病院に友人を見舞った。帰り道、見るともなく目をやったバス停の路線図に見つけた名前は、あのころ樹の部屋があった場所。
目の前で扉が開いたバスに吸い込まれるように乗ってしまった。胸の高鳴りをどう説明すべきかわからない‥‥
バスから見る景色が玲をあのころに連れていくのに時間はかからなかった。ふいに見慣れた日用雑貨屋が視界に飛び込み、鼻の奥がツーンとなる。

『ケーキ用がなかったからって、仏壇用のローソクを買ってきちゃうんだから‥‥』
玲の目の前で22本のローソクの灯りが揺れていた。
あの歌みたいに‥‥
蝋燭ろうそくみたいだと、二人で色とりどりに模様を描いて、一直線に並べたローソク。樹と玲が一緒に火をつけたのは、同じ高校で出会った16本目からのことだ。

わたしには鏡に映ったあなたの姿が見つけられずに
わたしの目の前にあった幸せにすがりついてしまった‥‥

22才の別れ by 伊勢正三

ふたりがよく聴いたあの歌。『わたし』は幸せになったのか教えてほしい。

バスに揺られながら遠い日の樹と自分を想った。

芸人を目指してるくせに気の小さい樹の部屋に、二人を一緒に映せる鏡はなかった。
この歌詞の、鏡に『映っている』のに、あなたの姿が『見つけられない』という矛盾。
その謎かけみたいなフレーズを反芻する‥‥

あ、将来鏡の前で一緒に立つふたりをイメージできなかった?
玲は自分達のことも、そう納得できる気がした。
確かにローソクの数は100本でも並べていけた。だけどそこに樹と一緒に老いていく姿は見つけられなかったのかもしれない。

ふと、ビルの壁を覆う初老の男の笑顔とスポーツ飲料の広告が目に入る。
樹だ。玲にはもう手の届かぬ人。
結婚しないうちに寂しいおばさんになった自分に息が詰まる。


若いバスの運転手はバックミラー越しのグレイヘアの女性が気になって仕方ない。はらはらと涙する玲を『美しい』と感じているのを、玲は知らない。


(以上1,200文字)


夏ピリカ、滑り込みで応募させていただきます。
正やんのギターと、歌を大久保さんがハモってるこのビデオが素敵です。22才の別れは、1分23秒から5分5秒までです。



《投稿後記》
なんと武川蔓緒さんの10選に選んでいただきました!
こんな素晴らしい作品たちの中に入れていただき光栄です。



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