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#56 わかる人にはわかる、母の編む靴下の魅力


今年80になる私の母は、これまでに軽~く千足を超える靴下を編んできた。

いつも日本の実家に里帰りする度に、「こんなものしか渡せんで悪いけど、履いてくれる人がおったら、何足でも持って行って。」と母から持たされる定番。

「うん。ありがと」とは言うものの、内心は、『う~ん、どうかな‥‥』とは思う。せっかく母が編んで持たせてくれるからと、数足選んでイギリスに帰る荷物にしのばせる。

「何十足でも持って行ってよ~」って追い打ちがかかるけれど‥‥ (母の頭の中は『イギリスは寒い所』なので、体冷やさないでねと言いたくなるのだろう)

正直、日本からイギリスへ帰る時のスーツケースのスペースはとんでもなく貴重なのだ。ごめんね、食べ物のほうが大事に決まってるのよ‥‥

私自身は家では室内履きとして、crocsを履いているのだが、この厚い靴下を履いてしまうと、crocsが入らなくなってしまう。しかも外に出る時には靴が履けなくなるので当然履かない。

だから自分では履いたことがなかった。

一度、夫の母へのお土産を渡した時に、一足渡してみたら、意外にも、「気に入ったわ」と、そればかり穴の開くまで履いてくれた。

以来、義母は母の靴下の常連ファンになったのだ。

彼女は、自分にとって必要のないものは次回に会った時にやんわりと返してくる。そのくらい好きなものとそうでないものがハッキリしている義母が、我が母の靴下を好んでくれたのは嬉しいことだった。

そして、私のお友達の、Mさんや Kちゃんも、わざわざ、お母さんの靴下は最高だと、履いている感想を伝えてくれた。Mさんに至っては、今度日本へ帰ったら、お母さんから編み方を教わってきてほしい、とまでの依頼をしてくれた。

そうして、三年前に里帰りした際に、初めて母から編み方を教わった。編み図なんてものはなかったので、母が、自分にしかわからないような工程の説明文を書いてくれた。そしてそれに則って、二人で一緒に編んでいった。

ほんとうは帰省の度に、「今回こそ人と会う予定を入れてないから一緒にゆっくりしようね」と母に言っているのだ。なのに、友だちから「会いたい」と言ってもらえれば、空いていたはずの日がひとつずつ予定で埋まっていく。

2週間も家に居ながら、母と編み物をする時間が作れたのは、日本を発つ前日という具合だった。しかも、片方をひとつ仕上げただけで精一杯の時間だった。


母は、かつて義父 (私の祖父) のぶどう園の出荷の手伝いはしたが、祖父のように家族が食べる野菜を作ることはなかった。近所の土地を使わせてもらった時にも、すべてのスペースに花を植えるような母だった。

餅は餅屋というが、周りには自分の畑で野菜を作る家がたくさんある。自分で作物を得られない母の元にも、豊富におすそ分けが届けられる。田舎はそこが素敵なのだ。

母は、「これしかできん」と言いながら、痩せた体で鍬を持つ代わりに、苦も無く編める靴下を作り続けるのだ。そして、いただく野菜のお礼に貰ってもらうのだと言う。時には、買い物用エコバッグや、アクリルたわし、廃油石鹸を手作りし、お礼に手渡す様子を見たことがある。

こんな循環のおかげか、実家では新鮮な旬の野菜がいつも豊富に届けられる。

私が母から学ぶのは、『豊かな暮らしを享受するのに、必ずしも多くのことに秀でている必要はない』ということである


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母の編む靴下はいつもこの形でこのサイズ。編み数を変えてサイズの変化をつけるのは「面倒くさい」と言い放つ。 

多少伸び縮みするからそれでいいのだと言う‥‥ 献身的なのか、自分勝手なのかようわからん母。あくまでも『我が道』を突き進むのみ‥‥

色も違う色の2本取りが定番。そうすると目が見えやすいのだそう‥‥ 

使う毛糸は、着なくなったセーターをほどいたものや、もう編み物をしなくなった方から頂いたものだけ。この靴下が周りまわって、母が編んでいると知った方や廃業した毛糸屋さんからも大量にいただくこともあると言う。

圧巻なのは、一足作るたびに、大学ノートに使った毛糸のサンプルと出来上がった日付、誰に頂いた毛糸などのメモが残されていることである。編み上げた靴下の行方など気にも留めないくせに‥‥

だから私は、母が3年前にすでに千足以上を確実に編んでいたことを知ったのだ。


初めて母から編み方を教わった時、私はストライプラインを入れてみた。

母とは片方を教わりながら編む時間しかなかったけど、イギリスに戻ってなんとかもう片方も出来た。

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あれから、ほかにも配色を変えた靴下を編みながら、Mさんにも教えてあげることができた。

今では、母のくれたあの怪文書のような説明を読めば、編み方を思い出せるようになったし、母と額を合わせて編んだ、あの夜の気持ちも一緒にくっついてくる。


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これはルームソックスなんて呼んだりもするのかな?

ちょうどくるぶしまでの靴下はかわいらしくも履けるし、おしゃれな人にかかればハンサムにも履けると思う。コットンやリネンの糸で編んだら、夏でも素敵かもしれない。

80歳の母の靴下、私が今度日本へ行ける時まで気長~に待っていただけるなら、お分けできるのでご希望があれば、なんて念のために書いておきます。

何しろ、わかる人にはわかるのだ。(何がわかるかしらんけど‥‥)


母は、今日も手元に毛糸がある限り、千何百足目かの靴下を編み続けているだろう。




(追記)
2022年1月26日、日本の母と電話で話す。
私「靴下編んどる?」
母「編んどるよ~。こんで (これで) 千七百足超えたわ」
私「千七百なんじゅっそく?」
母「そうやね~、千七百五十くらいやね」
(訊いた意味もなかったほどの適当な答えだった)

‥‥今日も母が元気でいてくれることに、手を合わせる

母に会いたい‥‥



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