見出し画像

Ligeti : Melodien ♪

今日はリスト音楽院のコンサートホールで行われるコンサートで
演奏されるリスト音楽院の先輩の譜めくりをさせていただきます…♪


曲目は

Ligeti 作曲
「Melodien」♪


作曲者の
「リゲティ・ジェルジュ・シャーンドル」
(Ligeti György Sándor )

リスト音楽院の
「リゲティ館」にその名を冠する彼は…


ハンガリー系オーストリア人の
現代音楽作曲家…🇭🇺🇦🇹

1923年5月28日…
旧ルーマニア領のトランシルバニア地方に
生まれ…(現:ハンガリー🇭🇺)

14歳のときにピアノを学び始め
その後すぐに作曲も開始します…🎹

15歳から18歳までは数学に熱中して
科学者の道を志し…🔬
クルージュ大学の数学と物理の入学試験に
合格しますが…🌸
1941年当時のハンガリーには
ユダヤ人に対する入学許可人数に
制限が加えらていて…
入学を拒否されることとなります…🌧️

クルージ音楽院(現:ゲオルゲ・ディマ音楽院)に入学した彼は
1943年までハンガリーの作曲家
ファルカシュ・フェレンツに師事します♪

ところが…
1944年からは
ユダヤ人であったため
強制労働をさせられ…
離れて暮らしていた弟と父は
強制収容所で命を落とします…

第2次世界大戦後の
1945年9月より
ブダペスト音楽院(現:リスト音楽院)で🇭🇺
引き続き…
ファルカシュ・フェレンツ
コダーイ・ゾルターン
ヴェレシュ・シャーンドル
らに作曲を学び…
1949年に卒業…🎓

同じ年…
ソ連の影響下のもとで
「ハンガリー人民共和国」という
共産主義による独裁体制が成立したため…🇭🇺
前衛的な音楽は
発表ができなくなってしまいます…💦

1950年からは
ブダペスト音楽院(現:リスト音楽院)で
教鞭をとり
和声・対位法・アナリーゼについて教えながら
ルーマニア民族音楽の収集を行います…🇷🇴

しかし…
1956年
ハンガリー動乱が
ソ連軍によって鎮圧されたのを機に…
リゲティはウィーンに亡命する道を選びます🇦🇹

その後…
シュトックハウゼン
アイメルト
ケーニヒ  
などの前衛的作曲家たちの知己を得…
ケルンの電子音楽スタジオで
活動を開始します…🇩🇪

そこで作曲した「電子音楽」の技法を応用し…
「ミクロポリフォニー」という
独自の手法へと
発展させてゆくことになります…♪

1960年…
オーケストラ作品「アパリシオン」を
ケルンの国際現代音楽祭で初演し
熱狂的に受け入れられ…🎻
1961年
ドナウエッシンゲン音楽祭で発表された🇩🇪
「アトモスフェール」によって一躍
国際的な知名度を獲得します…✨

1968年…
スタンリー・キューブリック監督により
映画「2001年宇宙の旅」
その後も映画「シャイン」などに
これらの曲が使われたことにより…
リゲティは一躍
脚光を浴びることになります…✨
 

1961年から
スウェーデンのストックホルム音楽アカデミーで客員教授を務めてたリゲティは
1960年代半ばに
ストックホルム王立劇場から
オペラの委嘱を受けます…🇸🇪

1972年
スタンフォード大学に滞在…🇺🇸

1973年
ハンブルグ音楽大学教授となり
世界各地で教鞭を取ります…🇩🇪

1975年から1977年にかけて作曲した
オペラ「ル・グラン・マカーブル」が
好評を博しますが…🇸🇪


時代は必ずしも新しさを善としない
「ポストモダン」の時代へと
突入して行きます…🌧️


1979~81年には
創作が停滞してしまいますが…💦


1982年…
「ホルン三重奏曲」を作曲し…
リゲティは新たな領域へと足を踏み入れます…✨

アジアや中南米やアフリカなど…
世界各地の民族音楽や…♪
1980年に発見され
世界的に有名になった
アメリカ合衆国生まれの
メキシコの現代音楽作曲家
「コンロン・ナンカロウ」と
彼の自動演奏ピアノのための音楽に
影響を受けた彼は…🇲🇽🇺🇸

ピアノ練習曲集(第1巻 1985/第2巻 1988~94/第3巻 1995~2001)

ピアノ協奏曲(1985~88)などの
作品を作曲し…🎹


ロマン派的な性格が強かった
ピアノ練習曲やピアノ協奏曲に
従来とは異なる複雑なリズムを
多層的に生み出すことにより…
新たな可能性を齎します…✨


半音よりも狭い微分音を積極的に取り入れた
ヴァイオリン協奏曲(1990~92)や🎻

4つのナチュラル・ホルンを伴うホルン協奏曲《ハンブルク協奏曲》(1998~99/2003)など…


晩年の彼は…

全体的な響きが重要な
「ミクロポリフォニー」に対し…
協和音や旋法的な音階を用いながらも
複数の要素から生じる多層性を取り入れることにより…

「モダン」でも「ポストモダン」でもない
独自の音楽スタイルを確立しました…✨




2023年は…
ジェルジ・リゲティ(1923-2006)
生誕100年の
Anniversary Year になります…🍷

その幕開けに相応しい
今日のコンサート…♪



いよいよ開演です…✨

演奏される
Melodien(メロディーエン)は…

1971年に作曲されました…🎼

大きなクラスター的な響きの中から
次々と楽器の旋律の断片が
浮かび上がるような構図となっており…

まるで様々な色を重ねた
音のパレットのような
作品です…🎨




今回…
譜めくりをさせていただくまで

ほとんど
リゲティの楽曲を
聴いたことが無かった為…💦


譜めくりのタイミングが
すぐには掴めなかったのですが…


今日は
少しでも先輩方の演奏の
お役に立てるよう…
頑張りたいと思います…✨




華やかな高音の半音階を
様々な楽器が一斉に奏で始めます

勢いのある急速なアルペジオのフレーズ
長く引き延ばされた和音…


密集した音の塊(クラスター)を奏でる
たくさんの楽器のメロディの全てには
精密で 複雑な運動があり
まるで「私はここよ」という
意思表示をしているようです…



1971年にオーケストラ曲「メロディアン」を作曲しました。私は自分の音楽言語の密集した「マイクロポリフォニー」をほぐし、より透明なものにしようとしました。基本的に、私は以前のスタイルに忠実であり続けました。音楽形式は、継続的に流れる時間の中で引き伸ばされた織物のように展開しますが、個々のパートは(以前の音楽のように)もはや融合せず、むしろ重なり合い織り交ぜながら個別に聞くことができます。 声は、独自のスタイル、独自のテンポ、リズム、音程構造を持つ、個々のメロディーになります。初めてこの作品を聴くと、矛盾したメロディーのカオスのように見えますが、音楽をよく知ると、その形式の内部的なつながりと隠された倍音の骨格が理解できるようになります。 (ジョルジ・リゲティ)



巨大な音の塊の中で
克明に書き込まれた一つ一つの音の動きによる色彩の移ろい…


ポリフォニックでありながらも
和声への美しい配慮と
混沌から始まり
徐々に調性へと抜けながら
華やかなクライマックスを迎える

「メロディーエン=(複数の)旋律」




先輩方の素晴らしい演奏に
盛大な拍手が湧き上がります…✨



初めて
グランドホールの舞台から見る客席…

いつか

私も…


この場所で演奏できるように

頑張って行きたいと思います…♪

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?