マガジンのカバー画像

巴の龍 &元祖 巴の龍

113
「巴の龍」と、その原作となった「元祖 巴の龍」こちらは初出し
運営しているクリエイター

記事一覧

だんだん わが巴の龍へ

ありがとう 繰り返す詞しかない 獅子であったか 龍であったか 旅立った子らへ 心から だんだん 20090328

巴の龍 #1(地図付き)

そぼ降る雨が少女の体を容赦なく濡らしていた。 北燕山(ほくえんさん)の奥深く、 人も通わぬ 獣道で、少女は泥にまみれ 着物をひきずるようにして歩いていた。 杉木立が生い茂り、遠く近く 獣の鳴く声が響いてくる。 少女は足を止めず、ひたすら歩く。 よく見ると着物は ところどころ破け 長い髪も雨に濡れて 顔にべたりとはりつき そして その顔を見た者は  誰もが生気のなさに驚くだろう。 雷鳴がとどろいても 少女は足を止めない。 少女の視線が稲光をとらえた。 「

巴の龍 #2

手紙は兄のように育った兵衛(ひょうえ)が 書いたものだ。 葵(あおい)が半分ほど読み終える頃、 洸綱(たけつな)は へなへなと座り込んでいた。 床に手をつき 目もうつろだ。 葵はかまわず読みすすみ、最後まで読み終えると 手紙を床に 叩きつけた。 そのしぐさに 思わず顔をあげる洸綱。 「父上、こんなこと書かれて黙ってるおつもりですか?」 葵の声は怒りにふるえている。 その様子に洸綱は ゴクリとつばを飲み込んだ。 「ふざけるんじゃないよ。 長々育ててもらっ

巴の龍#3

ドサッ! 弓に射抜かれた山鳥が 止まり木から落ちた。 北燕山(ほくえんさん)は 昨日の雨が嘘のように晴れ渡っている。 まさに狩り日和。 この山の奥に住んでいる大悟(だいご)は、 変わりやすい山の天気に嫌というほど 悩まされてきた。 雨や雪が続くと、父と二人じっとして空腹に耐える。 瓶(かめ)の水が底をつき、雨水や雪で飢えをしのぐ。 だからこそ、晴れた日は少しでも獲物をとり、 干物などにして保存しておく。 今日は父も樹林川(じゅりんがわ)に行っているはず

巴の龍#4

「敵か?」 今度は丈之介(じょうのすけ)が首を振る。 「気を失っているようだ。 寝かせてやりたいが、こう泥だらけではな」 丈之介は 大悟(だいご)をチラリと見た。 「わしが着替えさせる。後ろを向いてろ」 大悟がけげんそうな顔をした。 「女だ。見たことがないのだから、 わからないのも無理はないが。 おまえとそう変わらん年だろうが、 おまえは見てはならん。」 丈之介に言われて、大悟は後ろを向いてすわった。 父にそむくつもりはさらさらないが、 何故見てはい

巴の龍 #5

夜を日に継いで、兵衛(ひょうえ)は 甘露(かんろ)の国に近づこうとしていた。 いくつかの峠や小山を抜けながら、 少しでも早く 少しでも遠く 来良(らいら)の国から 離れたかった。 海に囲まれた来良の国は 他国の者も出入りする 華やかな街だったが、今向かっている東の甘露の町は その影響が少なからずある。 甘露の国の北東に サライという他国民が多く住む土地があり、 港には常に異国の船が停泊しているらしい。 樹林川(じゅりんがわ)の海の注ぎ口にある甘露の町は、

巴の龍(ともえのりゅう)#6

「どうやって追いついたんだ? 俺は人の倍の速さで甘露にきたんだぞ」 「馬」 葵(あおい)がこともなげに言った。 やられた。 しかも葵の顔は静かに微笑みをたたえながら、 目は笑っていない。 「葵。あれはその、何だ。つまり・・・」 「つまり 私を捨てたってこと?」 怒っている。 葵が 怒っている。 「ち・・・違う。 葵を捨てるとか そういう問題じゃないんだ。 俺は ただ・・・」 「ただ、何?」 兵衛(ひょうえ)は言葉につまった。 手紙に書いたことは

巴の龍(ともえのりゅう)#7

大悟(だいご)がひろってきた少女は、気がついても まだ正気ではないようで、丈之介(じょうのすけ)が 薬草を煎じたり、野草を粥にして与えたりと 看病が続いていた。 大悟は今日も狩りに来ているが、身が入らない。 少女をひろって来た時、丈之介から聞いた話が いつまでも耳につき、繰り返し頭をよぎっていた。 それはまだ大悟が生まれる前の、 父・丈之介と母・桔梗(ききょう)の話だった。 北燕山(はくえんさん)を東に下ると 新城(しんじょう)という街がある。 その国は

巴の龍(ともえのりゅう)#8

しかし、もとより立っているのがやっと。 すでに手向かいする力などない。 桔梗(ききょう)は月を見つめ ひたすら祈った。 追手が まさに襲いかからんばかりに 迫った時だ。 月が追手に向かって光り、 三つ首の龍の姿になった。 光の龍は追手に向かって 咆哮するように襲いかかると、 追手はちりぢりに吹っ飛んで消え去った。 そして その光は、桔梗と丈之介(じょうのすけ)を 包み込み 光は吸い込まれるように 桔梗の太刀に 飲みこまれた。 「探したぞ、桔梗。 三

巴の龍(ともえのりゅう)#9

桔梗(ききょう)が答えると、洸綱(たけつな)は ひざまづき二人の子の手をとった。 小さな兄弟は身を硬くしてにらんだ。 「良い目をしておる。さすがは涼原(すずはら)の 血筋だ。わしもな、娘が生まれた。 葵(あおい)といって、下の大悟(だいご)と同い年だ。 そうだ、わしの娘と どちらか めあわせよう」 「兄上、このような幼き者に おたわむれを」 洸綱は 立ち上がった。 「本来 丈之介の身分であれば、この縁組は 叶うまい。 だが、あの負けいくさの後とあっては仕

巴の龍(ともえのりゅう)#10

馬を奪った兵衛(ひょうえ)は、そのまま 東の北燕山(ほくえんさん)に逃げ込んだ。 北東のサライに行くつもりだったが、 サライではまたすぐに葵(あおい)に 見つかってしまいそうな気がしたからだ。 しかし、獣道にさしかかり、馬では無理と 悟ると、あきらめて馬は逃がした。 馬と別れて何日かが経過したが、 山道に入りこんだ兵衛は、 行き先を見失っていた。 しかも空腹が襲いかかり、 やがて座り込んでしまった。 ぼんやりと草むらにうずくまっていると、 何かが動く

巴の龍(ともえのりゅう)#11

その嘲笑うかのような兵衛(ひょうえ)の眼と 少年の眼が交差した時、少年はカッと目を見開いた。 「おまえ、やる気だな!」 気がつくと兵衛は少年に突き飛ばされていた。 兵衛はすぐさま太刀を抜き、臨戦態勢に入った。 少年もゆっくりと腰の太刀を抜いた。 兵衛はジリジリと間合いを詰めてゆく。 ヒュンと音がして、ガチッと太刀が触れあった。 兵衛が振り下ろしたのを、少年が止めたのだ。 だが、戦いは兵衛ペースで進んでゆく。 少年はただ受け身をとるのだけで、精一杯だ。 二

巴の龍(ともえのりゅう)#12&閑話休題・人物関係図

「それは、わたくしの・・・。お返しくださいませ。 母の形見にございます」 「母の形見・・・」 丈之介は その鍔(つば・刀の鍔)をしげしげと見つめた。 「この鍔は わしが作ったものだ」 少女が驚きの目を向けた。 丈之介は 鍔を見つめたまま 少女に問う。 「母の・・・名は?」 少女は うつむいた。 「言えぬか。では、もうひとつ。わしは菊葉(きくは)殿を着替えさせた。 これがどうゆうことか わかるな」 丈之介が顔を上げた。 「事情を聞くには、やはりこちらも名

巴の龍(ともえのりゅう)#13

新城(しんじょう)の城の天守閣でイライラと動きまわる男がいた。 いかにも殺気立ち、憎しみを爆発させんばかりに、 悔しさが充満する空気が、今の男を象徴している。 バタバタと走る音がして、階段を登って来た者がいる。 「定継様、見つかりました」 男・三つ口定継(みつくち さだつぐ)はピタリと足を止めた。 「菊葉(きくは)か?間違いないか?」 登って来た家来は 深くうなずいた。 「そうか、やっと見つかったか。 おのれ菊葉め、娘と思い育ててやった恩を仇で返しおって。