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Present

以前は、自分に魅力と価値があるとは思えなかった。
八つの時鏡に映って現れた私のアニムス、トカゲ(今年の初夢の龍の「レコンダ」なるものはのちにかれであると判明。「なんだよその変な名前。違う。ちゃんと聴いとけよもー」で、『レジー』と分かった。トカゲのほんとうの名前だと)によれば私はたいそう綺麗な女の子らしかったが、自分でそう思うのは難しかった。自分には生涯彼氏も出来ないし結婚も無理だろうとローティーンの頃には思い込んでいた。



番茶も出花という言葉がある。私も遅ればせながら恋をしたり、なんと結婚できたりした。しかも三度も。
恋人がたくさんいたこともある。手を繋がない程度のボーイフレンドが十人以上いたこともある。別に何かもらったりしたわけではない。単に馬が合うというだけ。
当時、恋はひどく食傷するものだと思って。



トカゲことレジーが、白い絹のシャツを羽織って私のベッドにいる。またレッスン?
「いや。プレゼントをやりたいから、来た」


私に?


3年、誕生日もクリスマスも一人過ごして何もなく、期待もせず過ごしてきた。自分で小さな宅配ピザを頼んだり、料理をしたり、畑で花を買ったりして祝った。
夫が帰ったいま…
いまは、待っていた月日よりもっと期待をしていない。
彼のしあわせを彼自身がつかむほかは。
彼がある日また消えたとしても、ほかの女とねんごろになって私から離れてもぜんぜんかまわない。
彼は彼のもの。
私が私のものであるように。


レジーは言った。
「あいつがお前の〈十人衆〉の中でなんで残ったと思う?」
十人衆、とは、当時私の友達だった男の子・男の人たちのことだ。T兄がそう憎々しげに言い放った。T兄はそのうちの一人だった。
当時は誰かと真剣に付き合うつもりはなく、結婚などもう真っ平だった。また目の前で死なれたり、廃人になられたらたまらない。心がいくつあっても足りない。
性的な病気もイヤだから彼らと軽々しく寝ることも実はなかった。楽しく話せて飲める相手。その十人は、出会い系サイトで百人話したうちの一人、✖️10だ。
アホでしょう?私。千人以上と話したのよ?一人酒のつまみに。


「T兄?ああ……。ただ一人だけ、爆裂にヤキモチ妬いたのは彼くらいで。私もなんかそれに乗せられた感はあるかなあ。そんなに好きなの?じゃ、私も好きかな…って段々」
「あいつはいわばおまえの今生の課題の持ち主だった。言い方は妙だがラスボスだ。ラスボスを倒すとプリンスやプリンセスに変身したりする。暴力的にやっつけるんじゃダメだが。
それにあいつがあの頃言ってたろう。おまえのこと。
『おまえはすべての男にとっての夢みたいな存在なんだ』って」
「ああ、あったなあ」
「ある意味いい得てる。だっておまえはまったくそうだし、ほとんどの男にたまらんほどの劣情を抱かせる。顔が可愛いくて体がいいってだけではそういうのは発動しない。作った振る舞いや会話でもなきゃあっちのほうの造りやテクでもない。一種才能だ。その劣情は時に法も超えさせるほど。それでおまえが死んだりしないで済んだ、つまり抑えてたのはおまえの中のなんていうかな、嫌なのに犯されたら舌噛んで死ぬくらいの『覚悟』だった。おまえはほんとにやりかねないし、まあやるだろう。嫌なものには相手が国家元首だろうが毅然と嫌と言うし頑として断る。
それこそが男にはたまらないんだ。陥落させずにはいられなくなる」


私はIQOSのけむりを吸って、大きく吐いた。
「いい迷惑だわ」
「よく言うぜ。おまえの中にもあっち側と同じ要素があるんだ。なんせ、俺はおまえだぜ?おまえは俺だし。わかるだろ、男の気持ちも女の気持ちも。大差はねえ。おまえがもし男、つまり俺側で世に出てきても大変だったろうな」
「ハマって執着に未練か。クレイジー天城越えな推し連中に追っかけ回されてね〜」


私たちはしばらく黙って、ワイングラスを傾けた。
黙っていてもわかる。だから私はもうさびしくはない。パートナーにほったらかしにされようが、誰かにひどいことを言われたりされたりしようが、〈友達〉なる存在たちが紙人形のようにぺらぺらとはがれ去って行こうが。
深い心の底、天空の星々の世界と同じ私の豊かな王国に、これほどの知己がいてくれる。
イマジナリーフレンド?好きに判断すればいい。人間でもお化けでも天使でもなくても私には大切な親友。何もかもわかっててくれて、導いてくれる。ずれたら間違いなく軌道修正してくれる。
それは私自身。
そして間違いなく美しい男だ。うれしいじゃないの。
さみしい?
なぜ?
〈友達いないんだねw〉?
トカゲことレジーは龍でもある。数千年以上は軽く生きてる。あらゆる叡智と美と力、ウィットと良い趣味を持ち、酒も強くてシャレもセンスもいい。無敵。私の教育係だがもちろん守護霊とかいう安っぽいのでもない。
ただ明確に私と重なり合いつつ最高の塩梅で他者であってくれるだけで。


「あいつが言ったのもあったし。まあおまえ色々言われてるよなあ。銀座のあの店で知り合いの紳士に言われて引いてたろ、いつか。
『絶世の美女ですね』だって」
「あれはびっくりした〜。日本人が言うことかしら?って。まあ慶應OBのおぼっちゃまさんだったからそういうこと言うのかな、でも正気なの?って」
「外人もいたよな。ほらなんとか言う東欧系の。なんとかセントルマーイだっけか?東北からずっと追っかけてきた年上の主婦もいたな。あとあれはどうだ?
『あんたのこと箱に入れて秘密にして飼っておきたい』」
レジーはクククと笑った。私は自分の肩を抱いた。
「思い出させないでよもう。あれはゾッとしたわ〜」


レジーは私のグラスに珍しく酌をしてくれながら、
「そうそう。上に届いてたぜ。おまえの言葉」
そして金のひとみで意味ありげに私をちらりと見た。
「ずいぶんとまた処分したな。あまりそんなに軽くしすぎると天に還るのが早まるぞ」
「別にいいわ。そんなのわかってるくせに、レジー」
「家族にもパートナーにも友達とやらにも執着・未練ゼロか。しかももともと物欲も我欲もあんまねえしなあ。宗教かぶれでもねえし。おまえ人間に生まれたの、後悔してねえのか?本当はこんなのしなくてよかったんだぞ?」
「生まれる前、雲の上から見て、あそこに行くって決めた。それで
『じゃあいいよ、行っておいで』って送り出してもらった。あの時、雲の上で私と一緒にいたの、あんたよね?レジー。私には魂が二つある。一つは私の。もう一つはあんたよね?」
レジーはぶすっとした顔で髪をむしゃくしゃと掻いた。
「俺も行きたかったけど。つまりは…護衛の意味もあった。おまえはとんでもない目に遭う。なんでか、今はわかるよな?まあ、遭ったけど。俺もできる限りのことはしてきたけど」


レジーは私を深く抱きしめて、小さくばかやろうと言った。
「一人の人間の中にもう一つ以上の魂が入ることはたまにある。そりゃ混乱する。でもそうせざるを得ないこともある」
彼の腕の力がふわっと抜け、全身がわなないた。泣いているのだ。私は深くいだき返す。
「わかってる。わかってるから。私も愛してる、レジー。とうとう名前を私によこしたのね。こないだのおかしな消えない虹、あれもあなたね。ありがとう。いつもうれしい」
「ついにおまえは捨てて忘れた。恨みも憎しみも悔いも悲しみも妬みも悔しさも不安も恐れも復讐も孤独も固執も未練もこだわりも力みも。一番好きであるはずのやつが消えたとしても穏やかにほほえんでいられる。だから今夜、特別な贈り物を持ってきたんだ」


部屋じゅうにあらゆる色の光がやわらかにゆらめきまたたきはじめた。陽炎のよう。オーロラのよう。
綺麗。
何これ?
「違う。光ってるのはおまえだ。思い出したか?
誕生日おめでとう。それからメリークリスマス。そして愛してる。何年ぶんも。
来週、香水が届くよ。切れてたろ。おまえを愛してる。忘れないで。おまえがまずおまえを愛することを思い出した時、俺がやっと戻って来られたこと。それがなきゃ何も始まらないこと。わかりもせずに愛だのなんだの言って自分のソウルをすり減らすのは結局愛してなんかいないことでしまいは何もかも失うこと。
もう同情するな。そいつらはそいつら自身の選択でそうしてて、そこに行き、そこにいる。おまえは世界を全部救うわけにはいかないが、おまえが自分をきちんと愛して向き合った時『それ』が始まった。

おまえがともあれ小さい町を一つ救ったことは事実だ。それも根本から。
新参のおまえはいきなり難題を持ちかけられて、笑ってはいと応じた。よく働いてよく笑った。部屋では一人、別の難題に向き合った。難題は実はどっちもおまえが選んだことだし、上からのトライアルでもあった。今回、おまえはついに逃げなかった。投げ出さず、向き合って、諦めたり不貞腐れたりしなかった。グダグダ余計なことを考えて横道に逸れずシンプルにただ必要なことをした。それがどれだけ勇敢なことかわかるか?おまえは、粋がってる阿呆共が自分の口で言うのの千倍は勇敢なんだ。表では笑って楽しく花を眺めたり摘んで、鳥や猫や虫と遊んで。それも本気で楽しみながら。話しかけられ笑いかけた。夜明け前に黙って一人町を掃除して歩いた。それだけで、あの町は息を吹き返したんだ。それは人々の心に波紋を呼び、拡がり続けてる。電話、まだかかってくるだろう。また遊びにおいでと。もともと縁もゆかりもない東京もんのおまえをみんな恋しがって。たとえもし誰かに唾を吐きかけられようが罵られバカにされようが目の前でゴミを捨てられようが、最終的におまえはもう気にもかけなくなった。そして続けてる。愛することを。返礼など一切求めずにこっちからただ愛することを。
いいか。
わからず屋でもかまわずおまえは愛する。愛し返してもらわなくてもかまわずに。


俺はずっとイヤだった。そういう奴らは大抵、自分の勝手な倫理とエゴが通らないってだけでおまえを容赦なく傷つけようとする。だがおまえは怯まない。相手を自分同様傷ついた小さい美しい子どもと見て優しく話しかけ、それでもダメならしまいには歯牙にもかけなくなった。それも本人の選択なんだと受け入れて。学びに感謝すらして。何もかも受け入れ愛しほほえむことを覚えた。もうおまえを傷つけられる人間は存在しない。俺たちが全力で守る必要ももうない。水爆が落ちたっておまえはかすり傷ひとつつかないよ。
おまえの仲間がいる。数は少ないがこれから何人かに会うことになる。
その予言も贈り物のひとつ。


豊かさももう、あっちでおまえに向けてスタート切ってる。おまえは貧乏くじばかり引く運命だとか、生涯お金に縁がないとか、お金なんて穢いって思い込みをやめて「金に謝った」。一緒に流れて楽しもうと言ってやったからあっちはもう大喜びだ。羽根を生やしてるもんだからな、もうためらいなく飛んでくる。言った通りおまえと楽しんで一緒に豊かに世を流れるだろう。あいつらの本来の望みはそれだから。おまえが誤った使い方をしたり変に滞らせたりしないのを向こうはあらかじめ知ってる。見てきてるんだよ。
もう心配すんな。


先週腰を痛めたのも実はプレゼントだ。おまえは働きすぎるから休暇をやれって言われてな。どうだ、久しぶりだろ?たまには悪くないだろ?のんひりベッドで過ごすのも。それに周囲は知る。
おまえが出て来ない朝は寂しく味気ないと。おまえに帰って来て欲しいと。無理して家事やろうとして笑うおまえを見て、おまえの旦那が内心どう思ってると思う?ま、例によって放って置け。今にわかる。あいつはわかってるんだよ。そもそもの初めは少々利用するつもりもあったかもだが、もう恐ろしくてそんなことできない。美しいマリア像や観音像に唾を吐けるか?言い方変えれば天に向かって唾するようなことがどれだけ自らを傷つけ穢し辱めるかをあれでわからないはずがねえ。あいつはもともと白紙だった。あいつの色を見てみろ。戻ってるだろ、綺麗な白色に。おまえが最初に視た通り、あいつは稀な白色の鳥なんだ。愛してやれ。


腰、痛えだろう。でも大丈夫、治るよ。
俺たちが治してやる。下手なそこらのヤブなんかが俺らに敵うと思うか?ちゃんと治って外に出て、また花を見たり摘んだりできるよ。鳥たちも待ってる。


おまえから野の花、世の花々を取ることはできない。
だっておまえはそれだから。もともとヒトになる計画は上にはなかった。


人は不思議がるだろう?昔の彼氏が4時間も遅刻してきた時さ。まだケータイもポケベルもない頃だ。おまえは黙って、泣きそうになりながら駅前に立ち続けた。彼氏が事故に遭ったのかとひたすらに心配して。後でみんなにバカにされたろ、なんでそんなに待つの?あんたバカじゃないの?って。バカはどっちだよ。おまえは当然のことをしただけだ。
なあ、騙されるのを怖がる人間たちは巧妙に騙しもするから怖がり疑う。そうやって世界をめちゃくちゃに分断していき、己の魂まで取り返しのつかないくらい粉々にしてしまう。そして世代連鎖する……。その構造を二十歳になる前に見抜いてたのはさすがだな。あれでこっちも色々と計画を変更せざるを得なくなった。そう、嬉しい誤算だった。


みやのめ、つまりアメノウズメノミコトさんがおまえを呼んだあの名前。覚えてるか?『舞を覚えろ』って言ったあの時。特別な名前だ。誰にも言っちゃいけない。でもそういうことだ。


あーなんか喋りすぎて疲れた。今夜はおまえと寝ようか、久しぶりに」
「ベッド、シングルサイズなんだけど」
「また光るカナヘビになってあっためてあげるよ。おまえがいま考えてること、すごくいいな」
「ああ。いまさみしいと感じて、泣いてるものすべてにマナが降り注ぎますようにって?
それはね、フアフアしててキラキラしててきれいで優しくて、ひとひら食べるとうっとりするほど美味しくておなかも心も満たされて、あったかくなって、おふとんにもなってくれて、しあわせになってもう大丈夫みんなと一緒、って思えるの。それは愛なの。宇宙から降ってくるんだもん。無尽蔵なの。それがみんなに降り注ぎますように、って」
「鏡を見てみろよ」


私がいた。けれどそれは……
「そう、その通りだよ。これが今回の『上』からの贈り物の目玉だ。そして追加の伝言だ。おまえはなすべきことを完全になした、後の者たちはちゃんと面倒を見るからたとえおまえがこっちに戻ることになっても心配するな、とさ」


横で寝息を立て始めた男の首筋あたりから、いい香りがする。なんだろう。
はなやかなカミツレのような。
遠い藤の花の爽やかになったかのような。
虹色の涙のような。
やがてかれは言った通り小さな金色の蛇になり、くるりとまるまって私の胸のあたりを眠りながらあたためる。
眠ればどうせ、またレジーに連れていかれる。一人でも自在に行ける。宇宙へ。
で、肉体が死んだあともそうだとわかっている。
とりあえず、明日はきっといい日になる。そしてもちろん、いい日にする。いつもそうしてきた。毎晩明日を楽しみに眠りに就いているのだから。
私にあらゆる占いは通用しない。自分でわかってるんだもの、私であるこの男と一緒に。

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