トマトと楽土と小日本 ~賢治・莞爾・湛山の遺したもの~③
莞爾と同年に国柱会に入会し、やはり理想社会の建設を夢見たのが宮沢賢治(1896-1933)である。だが、そのために彼がとった行動は、莞爾のように大掛かりなものではなく、まずは自分自身がひとりの農民として耕作に勤しみ、そこから一歩ずつ改革を進めていこうというものだった。莞爾が遠く大陸の地に理想の実現を求め、そのために性急な軍事行動を起こしたのとは対照的に、賢治はあくまで岩手の地に根を下ろし、新たな作物や品種の普及、土壌の改良、農民芸術の創生などという気の遠くなるほど迂遠な、しか