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連載日本史283 平成から令和へ

2016年8月、天皇は記者会見を行い、退位の意思を示すとともに「象徴」としての天皇の務めについて自らの思いを明らかにした。以下は、その引用の一部である。

『私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えてきましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じてきました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じてきました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共におこなってきたほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。』

ニュースでは「退位」に関心が向かいがちであったが、ここで示されている「象徴的行為」の内容こそ、天皇・皇后両陛下が最も大切に考えてきたことではなかろうか。

哲学研究者で武道家の内田樹氏は、天皇制についてのインタビューの中で、以下のように述べている。

『昨年のお言葉は天皇制の歴史の中でも画期的なものだったと思います。日本国憲法の公布から70年が経ちましたが、今の陛下は皇太子時代から日本国憲法下の象徴天皇とはいかなる存在で、何を果たすべきかについて考え続けてきました。その年来の思索をにじませた重い「お言葉」だったと私は受け止めています。
「お言葉」の中では、「象徴」という言葉が8回使われました。特に印象的だったのは、「象徴的行為」という言葉です。よく考えると、これは論理的には矛盾した言葉です。象徴とは記号的にそこにあるだけで機能するものであって、それを裏付ける実践は要求されない。しかし、陛下は形容矛盾をあえて犯すことで、象徴天皇にはそのために果たすべき「象徴的行為」があるという新しい天皇制解釈に踏み込んだ。その象徴的行為とは「鎮魂」と「慰藉」です。
ここでの「鎮魂」とは先の大戦で斃れた人々の霊を鎮めるための祈りのことです。陛下は実際に死者がそこで息絶えた現場まで足を運び、その土に膝をついて祈りを捧げてきました。もう一つの慰藉とは「時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うこと」と「お言葉」では表現されていますが、さまざまな災害の被災者を訪れ、同じように床に膝をついて、傷ついた生者たちに慰めの言葉をかけることを指しています。
死者たち、傷ついた人たちのかたわらにあること、つまり「共苦すること(コンパッション)」を陛下は象徴天皇の果たすべき「象徴的行為」と定義したわけです。
憲法第7条には、天皇の国事行為として、法律の公布、国会の召集、大臣や大使の認証、外国大使公使の接受などが列挙されており、最後に「儀式を行うこと」とあります。陛下はこの「儀式」が何であるかについての新しい解釈を示されたのです。それは宮中で行う宗教的な儀礼のことに限定されず、ひろく死者を悼み、苦しむ者のかたわらに寄り添うことである、と。
憲法第1条は天皇は「日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴」であると定義していますが、この「象徴」という言葉が何を意味するのか、日本国民はそれほど深く考えてきませんでした。天皇は存在するだけで象徴の機能は果たせる。それ以上何か特別なことを天皇に期待すべきではないと思っていた。けれど陛下は「お言葉」を通じて「儀式」の新たな解釈を提示することで、そのような因習的な天皇制理解を刷新された。天皇制は「いかに伝統を現代に生かし,いきいきとして社会に内在し,人々の期待に応えていくか」という陛下の久しい宿題への、これが回答だったと私は思っています。』
 
平成の30年間、少なくとも日本には戦争の惨禍はなかった。そこには戦争放棄を謳った憲法九条の存在もさることながら、象徴としての天皇の存在も大きかったのではないだろうか。象徴としての務めを「鎮魂」と「祈り」という行為へと昇華させてきた天皇の思いは、昭和の戦争を経験した人々の二度とあのような惨禍を繰り返したくはないという思いと相まって、平成という時代に伏流する基調低音として響き続けてきたように感じられるのである。

戦後70年を超え、戦争を直接経験した世代も少なくなってきた。2019年4月末には天皇が退位し、新元号への改元が行われた。現代の日本にもさまざまな問題はあるものの、総体的に見れば、戦争がなかったという一点だけをとっても、平成は昭和よりも良い時代であったと言えるだろう。「昔の日本は良かった」などという安易なノスタルジーに流されて、無謀な戦争に突入した昭和の過ちを繰り返してはならない。平成天皇の思いを受け継ぎながら、心静かに新たな時代の始まりを迎えたいと思う。

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