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【フィンランド・Bioart Society主催】WORKSHOP – Making Fish Leather(魚の革作りワークショップ)

2023年3月7日から9日に、フィンランドの首都ヘルシンキにて行われた3日間のワークショップ "WORKSHOP – MAKING FISH LEATHER"(魚の革作りワークショップ)に参加しました。このワークショップは、生物学、生態学、生命科学に重点を置いたアートと自然科学をめぐる活動をプロデュース・促進している、ヘルシンキを拠点とする団体 "Bioart Society"(以下、バイオアート協会)が主催しています。

この体験型ワークショップでは、魚の皮から革を作る方法を学びました。魚の皮を解凍し、塩漬けし、洗浄し、なめし、乾燥させ、柔らかくし、染色する。できた革は、ランプやボタン、ブックカバー、財布、衣服など、さまざまな用途に使用できます。素材としての魚の革は、羊革や牛革によく似ています。魚の革は他の動物の革よりも薄いですが、丈夫です。何千年も前から使われており、フィンランドでは戦時中に特に人気のある素材だったようです。

皮から革に変身中

実際のワークショップの流れについて、さらに詳しく書いていきます。


1. ワークショップ1日目:なめす

会場は、Kuusiluoto​​(クシルオト)というヘルシンキ中央部に位置する島にある木造の古い別荘です。この島は公共のレクリエーション地区の一部であり、自然保護区と大量の葦が生える1 キロ強の木道を歩いて行くと、小さな可愛らしい別荘に到着します。

別荘に行くまでの小道の一方側には葦とビル群、反対側にはバードウォッチングタワーがある

10名の参加者とともにワークショップがはじまりました。講師は、アーティスト・アート教育者の Hanna Kaisa Vainio(ハンナ)​​と、アーティスト・リサーチャーである Christina Stadlbauer​​(クリスティーナ)です。

1日目、イントロダクションが終わったあとは、早速革作りの作業に取り掛かります。今日のメイン作業は、なめしです。通常そのままにしておくと腐敗してしまう生の動物の皮を、耐久性があり加工できる革に変化させていく工程です。なめしには、植物のタンニン(渋)、クロムという薬剤、尿などさまざまな液体を使用できますが、今回は身近な植物油を使った方法で行います。

講師のお2人が、スーパーなどでもらってきてくださった廃棄されてしまう魚の皮を、解凍し、冷たい塩水に浸します。

解凍された魚の皮

参加者は好きな皮を選び、皮を破かないように残っている肉や脂肪などを優しく剥がし、鱗を丁寧に取っていきます。魚が持つ鱗の形はそれぞれ異なるので、個性が表れています。

鱗を丁寧に取り除く

3月のフィンランド。海辺での作業は非常に寒く、手や足がかじかんでしまいましたが、なめしの作業をするときは、早く腐らないように、寒い環境で冷たい水を使うのがいいそうなので、この環境は最適です。

外は晴れていて気持ちがいいが、寒い

余分なものを取り除いた皮を生ぬるい石鹸水で洗います。その後、植物オイルに卵黄と石鹸を混ぜたものの中で、15分くらい皮をこねます。オイルなめしでは、皮をすすぐ必要はありません。臭いとも、いい香りとも言えない独特の匂いがします。

オイルなめし

なめした皮を干し、乾燥させます。時々、皮を広げてあげるのもお忘れなく。そのまま次の日まで干しておきます。

時々、皮を伸ばす作業を忘れずに

ようやくランチの時間です。ランチはバイオアート協会の方が別荘内のキッチンで作ってくださったレンズ豆のスープです。ダイニングがコンパクトな分、初めて会った参加者同士みんなで否応なしにくっつきあってご飯を食べるので、いきなりなんだか大家族になった気分に。

午後は、ゲスト講師 Eero Haapanen(イィロ)によるバルト海釣りツアーです。凍ったバルト海上をソリを使ってスイスイと滑り、氷の下に網を仕掛けてあるスポットを巡ります。​​

氷の上をソリで滑る
網掛けスポット

いくつか魚も捕れていました。

魚は収穫後、早速下処理

2. ワークショップ2日目:染色する

昨日干していた皮を、石鹸水につけ、柔らかくします。浸水中は、手で皮を揉みます。その後、再び乾燥させます。乾燥中、皮を柔らかくするために、少量のオイルを追加します。皮が固すぎる場合は、再びオイルに浸します。

魚の皮は、最初のなめしの前後どちらかの段階で、中性の草木染め液で染めることができます。今回は、玉ねぎの皮などの染色液が用意されていました。

染色液に皮を浸す
染色した後、乾燥させる

3. ワークショップ3日目:仕上げる

3日目午前中は、Pekka Paer(ペッカ)によるバルト海の生物学についての話からはじまりました。ランチ後は、昨日乾燥させておいた皮を机の端などを使って柔らかくします。艶やかさを加えるために、卵白を表面に塗ってから、再び乾燥させ、磨くこともできます。

皮を干す作業

ちなみに、卵白がたくさん余ったので、講師の方々がメレンゲを作ってくださり、即興スイーツのできあがり。

即興メレンゲおやつ

これで、一旦作業は終了です。通常はもっと時間のかかる工程をコンパクトにまとめているので、皮の様子に応じてさらになめしの回数を増やすこともできます。その後は靴やカバン、財布、アクセサリーなど、好きなものに加工できます。

革のできあがり

なお、今回ワークショップで使用したなめしレシピは Lotta Rahme "Fish Leather Tanning and Sewing" の本を参考にしています。革に使う魚の種類や革の縫い方などの詳細も紹介されているので、ご興味がある方は本を手に取ってみてください。同筆者の論文(Rahme, L. (2021). Fish skin, a sustainable material used from ancient times to today’s fashion. )にも伝統的ななめし方法について記載されています。

また、下記の記事では、魚の皮について、サステナブルファッションや伝統工芸の観点から語られています。今回のワークショップでは深く学んだり議論したりする時間はなかったですが、北方民族の工芸・文化としての魚の革の歴史ももっと学んでみたいです。

「We – 工芸から覗く未来」 第一部「ファッション素材としてのフィッシュスキンと京都の染色技術」(出典:京都精華大学 伝統産業イノベーションセンター)


【参考:魚の革と衣服について】

  • 魚皮衣

  • 魚皮製衣服

革作り作業終了後は、オプションでサウナに入りました。別荘の近くにあるサウナ小屋は、電気サウナではなく、薪で温める伝統的なサウナです。男女問わずみんなで裸で入る体験はフィンランドならでは。正確な気温は忘れてしまいましたが、0度を下回る外気の中、サウナで温まった身体の火照りをとるために小さな椅子に座ってビールを飲む瞬間のなんて清々しいこと。

サウナ小屋

帰りは、来る時に通った小道ではなく、凍ったバルト海を歩いてショートカットをしてそれぞれの帰路につきました。

今回、極寒のなかワークショップに参加して強く感じたことは、今風にいう「サステナブルな生活」とは、生死をかけた生活である、ということです。気温がマイナスの中、屋外で鱗を丁寧に取り除いたり、凍った海の上をソリで滑って氷に開いた穴から魚を獲ったりする間に、手足が痛くなり、早く暖かい部屋に戻りたい気分でした。

しかし、資源が潤沢にない時代・場所であれば、生きるために、身近にあるものでやりくりするしかない。そのような状況から、周りにあるものを無駄にせず、その環境が与えてくれるものでなんとか持続して生きていく生活スタイルや文化が生まれる。人の生きる術から生まれた文化の背景を体験できたとても貴重な機会でした。

18時半帰路

4. Talkoot(タルコー)とは?

今回のワークショップとは直接関係がありませんが、このワークショップ中に新しいフィンランド語を覚えました。それが、"Talkoot"(タルコー)です。タルコーとは、作物の収穫、薪割り、引っ越しなど、人手が必要な仕事を仲間を募って手伝ってもらう伝統的な相互扶助のカタチです。作業が終わったあとは、主催者からお礼にサウナやご飯へ招待してもらうことが多いそうです。​​

  • フィンランドのTalkoot(タルコー)とは?

今回ワークショップの会場となった別荘は、自然保護協会 Vanhankaupunkin kulturi-ekologiken klubi ry が管理しています。同協会は、毎月第2土曜日にタルコーを開催し、木のかき集めや伐採など、季節に応じたさまざまな改修や清掃作業を行っています。ワークショップが開催された週末がちょうどタルコーが行われるタイミングだったので、​​そちらにも参加しました。

外から見た別荘

私が到着した土曜日朝11時頃は、まだ一人しか人がいなかったのですが、お昼にかけて次第に5名くらいが集まってきました。私は薪割りのお手伝いをしました。この日も気温はマイナスだったので、外での作業は辛かったのですが、その分用意をしてもらったランチのスープは身体に染みて、内側から暖かくなりました。私はその後予定があったためお昼過ぎに帰ってしまいましたが、作業の後にはまた薪割りのサウナにも入ることができたようです。

薪割りは暖炉やサウナを温めるのに必須

知らない人と出会い、一緒に作業をし、暖炉を囲んで暖かいスープをいただく。いつもは一人または近しい家族だけでやってしまいそうな作業を、ほんの少しパブリックに外に開くだけで、新しい出会いの場になっていく。

もちろん、「初めまして」の人がいると、既存の人たちと新しい人との間に小さな緊張感が生まれます。しかし、一緒に作業をすることを通じて、次第にみんなの身体や心が少しづつ温まりはじめます。家の外では、気温があがると氷は溶けはじめ、太陽光を反射してまぶしいくらい煌めきます。急速解凍ではなく、ゆっくり、やわらかく、心をほぐしていく週末が、もっと増えるといいなと思いました。

※特記がない限り、写真は筆者が撮影

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