見出し画像

梅 こぼれる春に

 梅がひらいた。
 中庭の八重の梅。この花がひらくと、春が来た、と思うのです。前の部署にいたときは窓からこの梅がよく見えて、蕾がふくらんでいくのを待ち遠しいような、それでいてそのままでいてほしいような気持ちで眺めていました。

 この梅の下でお見送りしたことが、何度かあります。年度の変わり目は余裕のない部署でしたから、送別会は、お弁当を取り寄せての“ちょっといいランチ”。握手を交わし、肩を抱き合って、すこし涙目で梅をバックに写真を撮りました。

 梅の見えないフロアへ異動したあとも、この季節にはつい、ここへ来てスマホを手に花を見上げます。元気でいるでしょうか。今日の空は、ちょっとだけミルキー。風が吹いて、ひとひらの花がこぼれます。
 いくつもの波をともに乗り越えてきた かつての上司を見送る日が、とうとう近づいてきました。指先が冷えるのは、気まぐれな東風こちのせいでしょうか。

 甘やかな匂いに身を浸しながら、思いを馳せます。あとひと月もしたら青々とした芽が吹いて、三月も経てば実をつける。かつて彼女が遊び心で梅シロップにしてくれた、香りひかえめの愛らしい青梅。

 いつか実を結べるでしょうか。彼女のように。

 引き出しを開け、彼女に似合う便箋をえらびます。
 梅 こぼれる春に。


ここまで読んでくれたんですね! ありがとう!