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惹かれる二人・裏【短編小説】

とても素敵な声だった。

高くも低くもない、悪く言えば抑揚のない声だったけど、何故か惹かれた。

職場の店長に連れられて行った商談で、上司と一緒に来ていた前村という若い社員。

「初めまして。前村と言います」

「・・・初めまして。芳野です。すみません名刺がまだなくて・・・」

彼の声を初めて聴いた時、電気が走ったように頭に響いた。

今でもヘッドホンで聞いてるように、頭のてっぺんで彼の声が響いている。


「芳野さん」

「はい、店長」

「先日の〇〇〇の分、契約してきてほしいんだけど、お願いしていいかな?」

「はい。私一人で大丈夫ですか?」

「書類確認して会社名でサインするだけでいいよ。先方から明日はどうかと連絡あったから、お願いしますね」

「はい。分かりました」

また取引先に行くことになった。その時彼も来て、また声が聴けるだろうか。


あの声が忘れられない


優しく、どこか頼りがいがあるような心地よい声。

その声をずっと聴いてたら眠ってしまいそうになるほど落ち着く声。

彼の声が頭の中で響いてしまって、紛らわすように書類を見た。彼が喋るた度に鳥肌が立つほどゾクゾクして、悟られやしないかと彼の方を見れなかった。

どうしてこんなにも彼の声に敏感なんだろう。

一目惚れという感じでもない。運命の人に会うと電気が走ったような感覚がして、何でも良く見えたりするというそれだろうか。

布団に潜り込んでも彼が耳元でささやいているような気がして、そのまま眠りについた。


*******

「僕たちはもうここでは生きていけない」

「・・・ええ」

「来世でまた会おう。そして、今度こそ結ばれよう」

「でもどうやって来世で会えるかしら。来世に記憶は残らないのでしょう?」

「私は信じている。君のその眼は、死んだって忘れない」

「ええ、私も、あなたの声は忘れません」

「私の喉を、この小刀で刺してくれ。私は君の眼を刺す。互いに忘れないように・・・それから、この崖に身を投げよう・・・」

「ええ・・・」

すーっと、指で喉仏をなぞった。

「生まれ変わってもあなたの声を聴いたら思い出すわ」

「たとえ、何千万人という群衆の中からでも、君の眼だけは見つけ出す」


*******


先日の契約をするためファミレスに来た。店内を覗くと、すでに彼らしい人がコーヒーを飲みながら一人で待っていた。

「お待たせしました。前村様・・・でしたよね?」

「あ!は・・はい。お一人ですか?」

「ええ、うちの上司が決めるだけだからと・・・」

「そうですか。私も似たようなこと言われまして、とりあえず書類の確認だけお願いしてもよろしいですか?」

「ええ、承知致しました」


昨日見た夢はなんだったんだろう。今目の前にいる彼、前村さんと同じ声をした人と心中する夢だった。

私は彼の喉を小刀で刺し、私は眼を刺されて崖に落ちていった。

「すみません。ちょっと電話入ったんで、失礼します」

「ええ、どうぞ」

「すみません。・・・はい前村です。・・・はい。・・・・・・はい・・・・今出てるので3時くらいには・・・・」

彼の声が響いてたまらない。

電話で話している声、一言一言を聞くたびに胸が締め付けられる。

なんとか書類に集中したいけど、ずっと聞いていたい衝動に負けてしまいそう・・・

もっと聞きたい・・・

眼が閉じてしまう・・・


「すみません」

「キャッ!?・・・すみませんビックリしちゃって・・・」

「すみません、書類に集中してる時に急に声かけて。先日伺ってるとは思うのですが、お名前聞いてもよろしいですか?」

「ええ、私、芳野と言います。かんばしいの芳に、野原の野です。研修中なのでまだ名刺がなくて・・・」

「そうなんですね、名刺がね・・・」

彼の声に集中しすぎて、変な声が出てしまった。

もう・・・止められない。

変な人だと思われてもかまわない。彼に昨日の夢の話を打ち明けて、どうにか彼の声を独り占めするように出来ないだろうか。


「あの・・・」

「あの・・・」

言葉が重なってしまった。

「いや、すみません。たいしたことじゃないんで、なんでしょう?」

「あの・・・私、あなたの喉を・・・」

「え?」

「喉を・・・刺した夢を見ました」


ああ・・・言っちゃった・・・


そこだけ聞いたら何のことやら分からない。

「・・・喉を・・・僕もあなたの眼を・・・」

「私の眼を?」

「はい・・・・・」

「・・・・・」

私が彼の喉を刺したように、彼も私の眼を刺した夢を見た・・・ということなのだろうか。そんな偶然・・・。

「・・・あの」

「はっ・・・はい!」

「今度ゆっくりお話ししませんか?その夢の話聞きたいです」

「ええ、喜んで」

彼の方から誘ってくれた。

彼の声をまた聴くことが出来る。

出来れば一生、彼の声と、彼と一緒に過ごしたい。

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