角川短歌賞予選通過作品「ピンクの壁」50首

ピンクの壁    工藤吉生





朝起きた途端に夢はくじかれて強制的な現実のなか

鏡では見たことのある顔をした自分自身で見る窓の外

道端に落ちてるマスクを無理矢理に着けさせられる予感 朝もや

ベランダで煙草くわえる男性に見下ろされれば行き急ぐのみ

まぶしがる顔といやがってる顔の似ていてオレに向けられたそれ

走馬灯ながれるとして見どころのないこともない現時点まで

左手になにか隠した短パンの右手の振りがオレを追い越す

戦えばオレをぶちのめせるだろう中学生の低い挨拶

公園を公園らしく見せるための装置のような利用者たちだ

投球を追ってくわえて駆け戻る犬の賢さ健全である

ゲートボールをしているそばを通るとき「地球は丸い」と声が聞こえた

たくさんの子供がしがみついている巨大遊具を正面に立つ

標識の落石注意に落石は四つ描かれてどれも真っ黒

憎しみがうまく言葉にのってきて舗装途切れて土に踏み出す



N君の家が床屋であることをどうして笑ったんだろオレは

自分には替わりがいるということを忘れてた知らなかったみたいに

オレに似た有名人があるならば分別されてオレはニセモノ

再会のN君に根掘り葉掘り訊かれごまかす二十年の生き方

いいんだよオレのことなどどうだって、などと言いニヤニヤしてみるが

モザイクをかけたみたいだ拡大をしすぎた結婚式の写真は

いつかまた会おうと言ったN君の記憶の顔は顔のみで浮く

出まかせで凌ぎきったが鍛練が足りずに胸がざわついている

嫉妬しているわけである所有する覚悟を持ったその精神に

みんなして飛び回っててオレだけがうつ伏せなのだ ぼろい畳に

映像で見たか実際されたのかもうわからない裏切りのこと

決定的なにかに欠けているためにうわべばかりのオレであろうか

公式を用いてオレの持つ価値をゼロと証明しそうな人よ

媚びている自分醜く頑迷な自分到底見れたものじゃなし

ヘアーサロンNITTAにピンクの壁はありピンクだけれどどうしても壁



オレを呼ぶ声がかすかにするようで緑の強い方へ踏み込む

遠近感狂いはじめて森林が心の奥にあるようである

そのへんに勝手に生えた植物の隅っこオレをくすぐってくる

まっすぐに立ってまっすぐ枝伸ばす針葉樹林の頑ななさま

淋しげな道を選んで散歩して灯りのような桜に出逢う

過剰から散る花々の母親の給料後数日のパチンコ

春になるとおかしな人が出てくると聞こえて自分の胸に手を置く

木でできている電柱を灰色の春の日暮れの下に見上げる

バスに乗り景色見ているおじさんの優越感は肘のかけ方

トラックに轢かれ死のうと考えてややふらついただけの車道だ

母親に今日は三千円貸した春の酸素が鼻から入る

夕方のテニスコートをよく見ると二人いてオレを足すと三人

見えてないみたいに避けるヤバそうな人を虚ろなオレや誰かが

なつかしくさせる光の××○××夕陽はフェンス越しにオレを突く

立ち並ぶ夜の桜の一本の一部を特に照らす街灯

先端を土にうずめたまま眠るブルドーザーの真上にも夜

うるせえと注意している声だけがオレの耳まで無事たどりつく

何をしても間違っているような夜に縄跳びの音、それも二重跳び

金属が金属を打つ音が五回、六回あってあとは暗闇

ぬばたまの自分の見たいもの以外見えない夜のそのままに朝
  

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