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(詩)〜 井戸の底 〜【光さえ届かない深く、狭い井戸の底から、必死に登ろうと足掻く。枯れ井戸でなく、色々な恐怖が襲ってくる模様を過去に綴りました。】

足元が湿っている。
水が湧き出ているのだ。
ここは深い井戸の底。
光さえ届かない、深い井戸の底。

暗い。何も見えない。
寒い。躰の芯から冷えてくる。
狭い。手を左右いっぱいに伸ばせる空間はない。

暗く、寒くて、狭い場所に閉じ込められている。
井戸の壁が押し寄せてきて、私を推し潰そうと
している気がする。

足首まで水が満ちてきた。
濡れたくない。
井戸の石壁に掴まり、足を掛け、
水がつかない様にする。
手が痺れ、足が痺れ、全身が悲鳴をあげる。

水はどんどん湧き出てくる。
必死に上を目指す。
井戸の石壁も湿っている。

足を滑らせた。
足の皮が捲れる。顔を擦りむく。爪が剥がれた。

水はもう腰まできている。
ここは深い井戸の底。

一筋の光が見えた。
頭上、遥か高くから、蔦が垂らされる。
細く脆そうな蔦だ。

私を呼ぶ声もする。
沢山の声。
「頑張れ!」「頑張れ!」
「大丈夫!」「大丈夫!」
「きっと登れるよ!」
と、軽快な口調で皆、口々に声を掛けてくる。

ここは暗い、寒くて、狭い。
水は湧き出る一方だ。
皆、勝手な事を言う。
この、恐怖を知りもしないで。

蔦にしがみつく。
手が滑って上手く掴めない。
細く脆い蔦。

水はすでに首まできている。
ここは深い井戸の底。

全身、すぶ濡れの私は震えている。
寒さからなのか。
怖さからなのか。

声が聞こえ難くなってきた。
なかなか上がってこない私に飽きたのだろう。
それでも、私は上を目指す。
上に何が待ち受けているかも知らないで。

もう、何も聞こえない。
聞こえるのは、私の心臓の音だけ。

私はもう水に埋もれている。
ここは深い井戸の底。

今は、暗さも気にならなくなった。
寒さも狭さも、気にならなくなった。
あれ程、必死で目指していた上さえも、
気にならない。

何も気にならない。
怖さも感じない。

あるのはただ水のみ。
ここは深い井戸の底。


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