女性差別の継承を”断じはしない”メッセージは、「女子学生からのみ」研究者を足場とするキャリアプランを奪い得る

十年以上前だったら、あれをライフハックとしてやっていた女性はかっこよかっただろうと思うし、自分も当時に生まれていたら「そうやって乗り切っていくぞ」と張りきっていたと思う。でも今は、これまでの様々な市民の不断の努力の結果、もうその段階からようやく、すべての人に平等な高等教育の機会の均等を求め、女性差別自体を厳しく追及する動きが、やっと、やっと、現実味を帯びてきたんですよね。

そういうものに救われつつも、男性と同等に扱われることを主張するだけで50%くらいの確率で酷いことを言われてしまう環境にいる私としては、とても険しい内容でした。

表立って否定はしない"中立"の状態で女性差別を表現

私としては、女性研究者概論のリンさんの漫画第18話が、表立って否定はしない"中立"の状態で表現してしまった女性差別の数々(※なお、差別に対し「中立」という状態は存在しない)には常に対峙させられていて、あの漫画で描かれているような女性研究者側の発想というのは、比較的自然に芽生える感情です。雇用者や関係者はみな前時代的な男性で、妻は専業主婦で子育てに専念し、母親も専業主婦、気付く隙もないほど無意識にミソジニーを抱えている人がとても多いです。

そのような男性研究者たちの中に一人存在させられる自分が女性であるということは、そういった記号が否応なく割り当てられてしまう(「結婚したらポストつけなくても安泰だね」と言われてしまう存在「夫に養ってもらえばいい」存在)、というのが現実です。

コミュニティの大部分がそうした家父長的な価値観を相互承認し合い強化し合っている、自分一人が入って変えられるものではない、という環境下に存在させられれば、生存戦略としてそうなっていくのはある意味自然です。性別役割分業をすすんで受け入れ、女性であることを「最大限活用」し搾取されにいくことが、自分のキャリアを危険に晒さないことを意味するからです

あなたが差別を許し受け入れることは継承に等しい

「差別許すまじ」という空気や規範は、それを理解し支持する人がマジョリティであるときには有効ですが、逆の状況の中で一人が言っていても「何いってるの、真面目でうるさい人」と片付けられてしまいます(男子からも女子からも)。

それでも、たとえ一人でも言わないといけない、上の世代の人達がこれをやってくれなかったから、私がここまでしなきゃいけないんだ、という再帰性を悟ってから、自分のミクロでの状態はある意味劣位になり、女性差別の現場に遭遇したら何か投じておこう、という心境にたどり着きました。「大人が誰もそれをやってくれなかった」かつての自分にとっての供養という側面もあります。

おそらく、実践で理系界隈の女性研究者で決意を固めて闘っている人のリアルは、どこもこんな感じだろうと思います。闘いの結果、ようやく分かるようになってくれた人達は、真偽の判断にあまり自信がなく、やはり「差別を批判していい空気」を頼りに少しずつ啓いていく、というところがあると思います。

本来は一人一人が確かな人権感覚に基づきロジカルに語れるような状態を目指さなくてはなりません。しかし直近で、キャリア選択を控え研究者を志望する学生の、女子に対してのみ起こるdemotivation の被害を出来るだけ小さくするには、「女性差別が悪であって、それを継承している人々が悪であって、あなたが女性であることがハンデなのではない」という空気を作っていくしかないと、数回消されかけた私としては思います。一人でもそういってくれる先輩の女性研究者を見ると、居ていい気がするんです。本当ですよ。

だから、「女性差別は悪」という判断や表明を放棄しない事が本当に重要なんですよね。
「女性差別、まああるけど仕方ないよね」
「それでも夫の収入でなんとかなるよ」
「夫のラボで10年間無給で働いた(キャリアになったしいいじゃない)」
「給料が同じ能力の男性よりも低い(けどそれは大した問題ではない)」
という、女性差別の継承を”断じはしない”メッセージは、「女子学生からのみ」研究者を足場とするキャリアプランを失わせます
(ていうかなぜ常に収入のある夫いる設定?夫のラボ is what?というツッコミはせずにはいられないが)

研究者たちの女性差別を見れば、またそれを正面切って批判する者がいないところを見れば、「自分は女であるということにより、研究業界ではフェアに存在できない」ということを悟るからです。これ、男子学生には起きないことです。

女子の大学院進学率の低い理由が知りたい人は読んでください。ヒントがあるかもしれません。

私の経験から思うに、大学院進学を考えたり控えたりしている女子学生に一番大きく降りかかる絶望は、自らが被害者となるセクハラや蔑視等の女性差別以前に、上の世代の若い女性研究者が受けている女性差別の数々を目撃することだと思います。

例えば、女性の助教が産休育休に入ったのを見た(普段はとても紳士で真人間の)男性の教授が「食い逃げみたいなもんだよね」と言ったりするのを、飲み会などで見ています。「女性だけ低賃金問題」や「女性専用公募(と書いて”焼け石に水”と読む)」についてもです。

それに対しその場にいる誰もが批判しない・できない空気があるのを見て、
「なるほど、女が不当な目に遭っていても見て見ぬフリなのか」
「みんな男だし痛くも痒くもないもんなあ」
等、そこには女の存在が認められていないことを俊敏に悟ります。

だから、女性研究者がそうした不当性を自ら進んで受け入れるような
「そういうのも乗り越えれば(=搾取されることを受け入れていけば)なんとかなるよ」
というメッセージ自体が、一番耐え難い絶望なのです。

そういう背景もあって、私からすれば、なんとかようやく作ってきた空気、女性の研究者や女子学生たちが、「こんなのおかしくね?」と気軽に言えるようになった、まだまだ黎明期のはかない空気に水をぶっかけられることは、とても大きな脅威です。この漫画は、自分自身や今後を生きるすべての女性がようやく得んとしている権利を水に流してしまい得る威力があり、身に迫る危機感が私にはありました。

しかも、それが女子学生にとっては自分が向かっていく未来だと告げられているということ自体が、女子にのみ降りかかる酷いaspirationのcooling downになっています。別に何かの能力の問題でとかではなく、「女だから」こうなっていくんだよ、というcooling downです。あの漫画から、そのようなダメージを男子学生は受けません

研究業界における女性差別認知の根本的な治療

ちなみに、研究業界や大学における女性差別認知の根本的な治療については、大学の先生たちとの対話を通して、「こういうプログラムの受講を必須にすべき」とか、「教授会でこういうディスカッションをしようか」とか、そっちで頑張ってもらっています。

自戒を込めてですが、自虐的に受け入れ「逆境を逆手に取って創意工夫でしなやかに生きる」のではなく、何が問題であるかを身近なリアルの知り合いと話すこと、整理されてきたら問題ロジカルに訴えていくことが大事だと思います。学科によっては「どの先生も話通じなそうだな」と絶望が深かったり、低学年だと教員の人となりを知らないから相談できなかったりと、ストレートに問題を訴える先がいない・見当たらないということもザラだと思います。

最近、母校の大学で「キャンパスで起きる性暴力・性差別をなくすための取り組み」をしている団体があり、そこで偶然同じ学部の学部生の後輩に出会いました。学年も4つくらい下で学科も違いますが、話を聞いていると、女性差別を理解し是正しようという意識が、自分のいた数理科学科よりもだいぶ遠いところにいる様子を感じました(同じ理工学部でも、比較して気付くこともあるもんだなと思いました)。でも例えば、同じ理工学部で連帯し、どこかの学科の教員が積極的に動いてくれて理工学部全体に改善令が敷かれたら、その学科も対応せざるをえなくなります。身をもって「連帯って意味あるんだな」と思いました。それがあることによって、その方の声はなかったことにならなくなりました。聞く限り周囲の男子学生の認知の歪みは本当に酷く(犯罪では?と思うこと多)、でも「そんなこと指摘して男子たちが機嫌を損ねたら、過去問やプリントの情報共有からあぶれてしまうかもしれない」と思うととにかく流すしかない、と。学業を人質にとられ、性暴力や性犯罪のようなヒドイ話題に乗っかるしかない。どう考えても非対称でしょう。

母校の大学の学科に留まらず、このような動きはどんどん広がっていってほしいと思います。

さいごに

女性研究者概論のリンさんについては、前回の作品では「多様性の正体」と皮肉って、様々な女性研究者が女性であるゆえに、ポストが与えられなかったり、家父長的な理由を元に賃金を減らされている実態をポップに現わしていました。

誰も目を通したくないような厳しい現実を描写し差別撤廃を訴えるコンテンツは、関係者には読まれるが入門者は読まない、という現実を踏まえると、
リンさんの第17回の「ポジティブに描きつつ(皮肉を込めて)問題を提起する」というのが果たした意義は大きいと思います。具体的に女性研究者への様々な問題の立ちはだかり方を頭に入れた人、特に普段女性差別問題などに興味もない男性たち、がたくさんいるというのは、すごく大きなことだと思います。

第18回について、ご本人は女性差別をあからさまに書くことで皮肉を込めたメッセージにしたかった(そうしているつもりだと思われる)が、そもそも労働基準法違反である「無給研究員」なるものを選択肢として挙げ、さらに女性に「夫がいるから出来る」など、今回の展開はそもそも色々とおかしいです。

おかしいというか、女性差別煽動、ステレオタイプ助長、女子学生へのdemotivationなど、おかしいにしてもかなり悪質な方向に行っていると思います。ご本人がサポートされていない酷い側面があまりに多いので、ちょっとカウンターさせてもらいました。

女性研究者概論という名前もあることですし、第18回の漫画の姿がいまの「女性研究者」の「概論」だと思われてしまうとしたら、かなりの悪影響があると思います。この私のカウンター記事や、他の批判引用RTなどは、見る人は見ますが、おそらく差別主体者はそこまで見ないでしょう。

女性研究者に焦点を当てる以上、女性の社会進出を阻んできた性別役割分業は強化しない、差別には批判をきちんと表明する、などは最低でも不可欠なことだと思います。

改善を求めて諸方面に訴えにいくにあたり、諸経費がなかなかバカになりません。頂いたサポートは、公益貢献費として大切に使います。ご支援感謝します。