見出し画像

〈偏読書評〉時の詩人が紡ぐ、リリカルな青春小説 【後編】

-- 以下〈偏読書評〉、2016年4月12日の投稿--

前篇】では“最果タヒ入門書”として彼女の小説作品をおすすめしたい理由について、【中篇】では最果タヒさんの初長篇小説である『かわいいだけじゃない私たちの、かわいいだけの平凡。』(講談社刊)について書いてきましたので、この【後篇】では『渦森今日子は宇宙に期待しない。』(新潮文庫nex刊)をご紹介します。

「もうオマエの駄文、長文にはこりごりだっ!!」という方に向けて、書名から各出版社さんの作品紹介ページへのリンクを貼っておりますので、そちらをぜひどうぞ。そして面白そうだと感じられたら、ぜひ入手して読んでみてください。今後の日本の詩や文学を語る上で、最果タヒさんはキーパーソンのひとりになるでしょうから、彼女の作品を読んで損することは絶対にないと思います。

で、『渦森今日子は宇宙に期待しない。』の物語です。【中篇】でも書きましたが、この作品の主人公は17歳の高校3年生であり、なおかつ与えられた任務を放棄して地球での女子高生ライフを満喫している宇宙人、渦森今日子(うずもり・きょうこ)。ちなみに「ちょうこくしつ座銀河群所属、くじら座楕円銀河NGC59所属惑星メソッド」出身で、本名はメソッドD2。

前篇】と【中篇】を書いて、いかに自分が物事を説明するのがヘタクソなのかを再認識したのと、こちらの作品に関しては分りやすいあらすじが新潮社さんのサイトで掲載されているので、そのまま引用させていただきます。

私は、私であること、諦めないでいたい。
渦森今日子、17歳。女子高生で、アイスが好きな、宇宙人。最後で「え?」となったかもだけど、私も、私の友達(岬ちゃん、柚子ちゃん)も、そんなことは気にせず、部活動、体育祭、夏合宿、と毎日を突っ走る。でも、なんだろう。楽しいのに、面白いのに、もやもやする。私が女子高生だから? それとも、宇宙人だから? この“痛み”に、答えはあるのーー? ポップで可愛い、青春小説の新地平。

はい、素晴らしく分りやすいですね。どうしたら、こんな文章を書けるようになるのか、本気で私は知りたいです。というか、本当にどうして編集者兼ライターとして15年近くやってこれたんでしょうね。これまでお世話になってきた、心やさしいクライアントさんや編集者さんたちには頭があがりません。もう彼らに五体投地しているところに誰かに土をかけてもらい、そのまま土に環ってしまいたいくらいに情けないです。

はい、物語について続けます。【中篇】でも書きましたが、『かわいいだけじゃない私たちの、かわいいだけの平凡。』も『渦森今日子は宇宙に期待しない。』も、主人公が“選択の責任を背負う”ことによって、人間として成長することが物語のテーマとなっています。

渦森今日子が、この責任について考えはじめるきっかけは2つあり、1つは彼女と同じく地球で暮らしている宇宙人(異星人)との出会い。もう1つは(“高校3年生”というキーワードでピンときた方もいると思いますが)高校での進路調査で、これによって自分の生き方についてより深く考えるようになっていきます。

しかし渦森今日子の本音は「なんで、決まった時期になにもかも、将来を決めなくちゃいけないんだろう。(中略)何も考えてなかったのに、やりたいこともなかったのに、将来なんて決められるわけがない。宇宙人なんだしやれることもないに決まっている、ってそういうの逃げだともわかっているからやるせないよね。」と、“普通”の17歳らしさにあふれ、もし17歳の私がこれを読んでいたら「もう、本当にそうだよね!」と激しく共感していたことでしょう。でも同時に、碇シンジばりに「(受験勉強から)逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ」と連呼していたかもしれない。

でも17歳の頃よりも、アラフォーのしがない自活系ひきこもり状態にある今の方が、より深く渦森今日子に共感できているような気がします。というか「宇宙人だろうが、平凡は平凡だ。自分が特別な存在だなんて信じているのは結局自分だけだっていうのはよくあるパターンで、将来の夢が叶うことなんてほとんどない。(中略)私だって結局、ただの女子高生で進路調査にグロッキーなんだから、平凡でありきたり、でしかなかった。モラトリアムは要するに自己愛VS自己嫌悪。」と自己分析というか、自分を客観視できてる彼女のことを尊敬すらしてしまいます。

この流れから察しはつくと思いますが、物語のラストで、かなりドラマチックな形で渦森今日子は「幼くてごめん。無責任でごめん。覚悟決めます。大人になります。」と、進路どころか、人(というか地球にいる宇宙人)としての生き方を自ら決断します。

高校卒業という区切りが控えているとはいえ、この“選択の責任を背負う”ことを17歳で決意した今日子の勇気は本当にすごい。フリーランスの(繁忙期以外は)毎日がほぼ夏休み状態で、おまけに家族だったり自分の健康や老後の問題を引き延ばしにしてしまっているモラトリアム中年の私とは大違いである。でも『渦森今日子は宇宙に期待しない。』を読んで、ちょっと勇気をもらい、ずっと先送りしていたいくつかの事柄に片を付けることができました。

まぁ、何が言いたいかというと〈青春小説〉というくくりにされているけれど(そしてブログの記事タイトルでも〈青春小説〉って書いてしまっているけれど)、青春まっさかりのティーンや学生でなくても『渦森今日子は宇宙に期待しない。』は心の底から共感できる物語であり、私みたいに抱えている問題から目を逸らし、責任を負うことを先送りにしてしまっている大人こそ読むべき作品だということ。そして最果タヒさんの言葉が紡ぐ、ポップで少女特有の刹那さがありながらも、普遍性をも感じる世界観の虜になれたら、彼女の詩集も手にとって欲しいということです。

ちなみに最果タヒさんは1986年生まれ、2016年の今年で30歳。あとがきで「自分の過去に青春だとか思い出だとか、名前をつけて宝物にでもしたのなら、きっとすこしは安心できる。」と書いていた彼女が、10年後、20年後にどんな世界を、どんな言葉で紡いでいるのか、とても楽しみです。もう老後の楽しみのひとつです。

【BOOK DATA】
写真・左:『渦森今日子は宇宙に期待しない。』(新潮文庫nex刊)最果タヒ/著、西島大介/カバー装画、川谷康久(川谷デザイン)/カバーデザイン 2016年3月1日発行 写真・右:『かわいいだけじゃない私たちの、かわいいだけの平凡。』(講談社刊)最果タヒ/著、大槻香奈/装画、佐々木俊/装幀 2015年2月24日発行