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フライボール革命が引き起こした予想外の悲劇-なぜMLBで左打者が10年で5%も減ったのかの意外な答え-

MLBで左打者が10年で5%減ったという驚愕の事実

WBCが終わるといよいよ2023年シーズンが開幕するMLB。このオフは高額契約が相次いだが、大型契約は無くともブルージェイズのオフは高く評価されている。投手陣ではC・バシットやE・スワンソンといった実力者の獲得に成功。野手に関してはここ数年存在感を示していたL・グリエルとT・ヘルナンデスを放出した一方で、D・バーショとB・ベルト、K・キアマイアーを新たにチームに迎えた。打者に関する動きの報道では、いずれもチームに不足している左打者を補う意図があると伝えられた。

左打者を探しているのは実はブルージェイズだけではなかった。ヤンキースも衰えが目立つA・ヒックスに代わる右の外野手を探していると伝えられていた。現時点では新たな選手の獲得は実現していないが、シーズン中もトレードの噂は絶えないだろう。

ヤンキースとブルージェイズに共通するのはチームの主力が右打者に偏重していた点だ。昨年のヤンキースはA・リゾー(シーズン途中まではG・ギャロ)も、ブルージェイズはC・ビジオ以外の主力は右打者だった。

打線に左打者が少ないチームはこの2チームだけではない。昨年WSを制覇したアストロズも左打者はK・タッカー、Y・アルバレス、M・ブラントリーだけだ(しかも昨年は長期間ブラントリーを欠いていた)。

このように左打者は多くのチームで右打者より少ない。しかし右利きの人が多いように打者も右打ちが多いのは自然な事である。だがここに驚きの事実がある。『左打者はここ10年で確実に減少している』のだ。

MLB全体の年間投球数のうち左打者に対する比率と年間の打席のうち左打者の打席に対する比率を表したのが下記のグラフだ。

左打者の出番は10年で45%から40%へ5%減少

これを見れば明らかだが、左打者は誤差の範囲を超えて確かに減っているのだ。10年で約5%の左打者が右打者に置き換わったことになる。各チームの野手は12人-14人が多いと思うので、5%の変化は野手1人-2人が左打者から右打者に変わったことになる。リーグ全体でこのトレンドがあるので、ブルージェイズやヤンキースが左打者不足に陥ったのも合点がいく。

何故MLBでは左打者が減っているのか?今回はこの疑問に対して私なりの仮説を提示してみたいと思う。

右投手を打てなくなった左打者

まず私は打者と投手の左右別の成績を調べてみた。ここで私はいわゆる左殺しとして起用されていた右打者が右投手相手にも起用され左打者のパイを奪ったのではないかと考えた。

それを検証する為に
①右投手vs右打者②右投手vs左打者
③左投手vs右打者④左投手vs左打者
のリーグ全体のwOBAの推移を表したのが以下のグラフだ。


左打者の成績は2021年以降大幅に悪化

左打者、右打者共に10年の間で好不調の波がある(打高/投高が入れ替わるからだ)。しかし右打者と違い、左打者は2021年以降成績を大きく落とした。実際左打者の22年のwOBAは対左投手が下から2番目で、対右投手はここ10年で最低となった。

このデータから分かる事は、私が考えていた右打者が右投手相手のパイを奪ったというのは必ずしも正しくないという事だ。むしろ右打者がパイを奪ったというより、左打者が対右投手の成績を落としてパイを譲り渡したと解釈出来る。

左打者が右投手相手に打てなくなっている事が分かった。では何故左打者は右投手を打てなくなったのか?を考えてみた。

右投手の沈むボールを打てなくなった左打者

その為に私は左打者対右投手の球種別の打撃成績の変化を調べた。これは一時期フライボール革命の煽りを受けてシンカーの成績がMLB全体で悪化したような事が、左打者にも起きたのではないかと思ったからだ。

以下は左打者vs右投手の球種別wOBAの推移を示している。まずはBaseball Savant上の球種の大分類であるFastball(4シーム・シンカー・カッター),Breaking(カーブ・スライダー),Offspeed(チェンジアップ・スプリット)別のものだ。


Offspeedに対するwOBAは10年前より25ポイント落ちた

こちらも明確な特徴が分かる。Offspeedの成績が悪くなっている。その一方で意外にもスウィーパーなどここ数年で大きく進化を遂げたスライダーが含まれるBreakingの成績は変わっていない。FastballもOffspeedほどではないが悪化している。

さらに球種を細かく見ていく。成績が悪化しているOffspeedに加えて、沈むボールであるシンカーも加えた3球種とそれ以外の球種(4シーム・カット・カーブ・スライダー)に分けた成績の推移が次のグラフだ。


明確なトレンドが出た。シンカー・チェンジアップ・スプリットの縦に変化するボールに対する成績がいずれも2021年以降大幅に悪くなり、過去10年で最低の水準となっている。

もしかするとこれは左打者vs右投手以外にも当てはまるかもしれないので、他のケースも並べてみた。その結果は以下の通りで多少の変化はあるにせよ、左打者vs右投手は他の3パターンと比べて明らかに打者の部が悪くなっている。つまり沈むボールを苦手にするようになったのは右投手と対戦する左打者に特有の現象と言えるだろう。

右投手対左打者の成績の落ち込み方は群を抜いている

ここまでで今回の分析の基点となった『左打者はここ10年で確実に減少している』の答えが出た。つまり左打者は右打者が投げる沈むボールに対抗出来ず、MLBでの活躍の場を減らしているのだ。

左打者が右投手の沈むボールに対抗できていない理由

では何故左打者は右投手の沈むボールに対抗出来ていないのかも考えてみた。それはシンカーの使われ方が変わったからではないかと思う。

具体的にはシンカーはゴロを打たせるボールではなく、空振りを奪う球種としての側面が増した。もちろんその背景にはここ10年のMLBで起こった様々な変化がある。

まずはフライボール革命だ。これにより打者はアッパースイングを志向するようになり、低く沈むシンカーは打者の格好の餌食になった。このシンカー絶滅の危機に対する対抗策がシーム・シフト・ウェイクである。この用語の説明は下記の動画を参考していただきたいのだが、この概念が広まった事でより変化量の大きいシンカーを投げる投手が増えた。

この新たなシンカーと従来から空振りを奪う為に投げられていたチェンジアップの軌道を重ねる投手も出てきた。昨年サイ・ヤング賞を受賞したS・アルカンタラもこの投球術を武器の1つとしている。打者からすれば似たような軌道で100マイル近くのシンカーと90マイル台の高速チェンジアップが来るのだから、対応するのはとても難しい。

さらに左打者はこの2球種の軌道的に外角にボールが来る。ただでさえ攻略が難しいのに、自分からボールが離れていくように見える事で攻略のハードルはさらに上がっている(右打者に対するスウィーパーと対をなすイメージだ)。

シンカーのゴロ率と三振率の推移を表したグラフが下記だ。確かにゴロ率が下がり、三振率が上がっている。


シンカーはゴロを奪うだけの球種から空振りを奪う球種へ

つまりシンカーの進化がチェンジアップとの相乗効果を生み出し左打者を圧倒しているという事だ。

『左打者はここ10年で確実に減少している』としたものの近年では2021年に大きな落ち込みがあった。これはシーム・シフト・ウェイクの概念が一般のファンにも広く普及した頃とも整合する。

最後に

フライボール革命が産声を上げたのがちょうど約10年前である。打者に勢いを与えたそのトレンドはシンカーという球種を絶滅に追いやりそうな勢いだった。しかしその後シンカーはシーム・シフト・ウェイクにより復権を果たした。それどころか左打者をMLBの舞台から追放しようとしている(流石に左打者がいなくなることはないだろうが)。野球は打者と投手の永遠のイタチごっこと言う人がいるが、このシンカーを巡る10年戦争はその最新の事例なのかもしれない。

Photo BY: Ian D'Andrea