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サンディ・アルカンタラの不振の原因に関する仮説

昨年のサイヤング賞受賞投手の思わぬ苦戦

昨年ナ・リーグのサイヤング賞を受賞したマーリンズのエースであるサンディ・アルカンタラが苦戦しています。この記事を書いている直近の7月26日のレイズ戦で完投勝利を収めるなど7月は防御率3.31は好投しているようにも見えますが、FIPを見ると4.39でこれは月別の成績では最も悪い成績となっています。今回の記事では昨年までの安定感抜群だったアルカンタラがなぜ不振に陥ったのかについて複数の仮説を提示したいと思います。


まず仮説を提示する前に今季の成績とアルカンタラがMLBでトップクラスの投手となった2021年及び2022年シーズンの成績を比較してみます(今季の成績は26日のレイズ戦までの成績を反映しています)。シーズン途中ですので、三振数などの積み上げ系の指標は除外して比較した結果が下記です。

緑色のハイライトは最も成績が悪い年

ザックリ見ると、①三振の減少②四死球の増加が背景にありFIPやwOBAも悪化といった成績だと解釈できます。

球種別のwOBAは上記のようになります。明らかにチェンジアップが悪化しています。

こちらは打者の左右別のRun Valueの変化です(Run Valueは投手板も追加されてプラスが大きい方が投手にとっては好成績という事になります)。昨年はアルカンタラの利き腕と逆で本来は打者に有利とされる左打者相手の成績の改善がサイヤング賞獲得の一因となっていました。ところがそれが今季は大幅に悪化しています。

ここまででアルカンタラの今季の成績悪化の概要を見てきました。1番重要な点は対左打者の成績が大きく悪化している事です。wOBAを見ても右打者が2022年は.280で2023年は.278とほぼ同水準である一方で、対左打者は.242から.326と悪くなっています。この対左打者へのアプローチに着目して、仮説を展開していきます。またチェンジアップの成績が大きく悪化しているところも今季の特徴です。

チェンジアップの質が一定でないアルカンタラ

先ほどアルカンタラの対左打者の成績が悪化している事については触れました。アルカンタラは左打者に対して過去3年間いずれもチェンジアップを1番投げています。今季は35.1%がチェンジアップであり、27.4%投じている4シームを約8%上回ります。

左打者の成績が悪化している背景には当然チェンジアップの成績悪化を伴っています。下のは球種グラフ別の対左打者のwOBAですが、ベストな球種だった昨年から今季は一気に最悪の球種になっています。

しかしここが不思議なのですが、空振り率などを見るとチェンジアップは昨年までと比べて多少悪化していますが変わらない結果を出しているのです。つまり「空振りは取れるが、打たれる事も多い」球種がアルカンタラの今季のチェンジアップの特徴と言えそうです。つまり今季のアルカンタラのチェンジアップは良いボールと悪いボールがはっきりしているという事です。

ボールの変化量は横方向の変化量が2022年の16.8インチから今季は16.1インチに減少しています。これは前回のnoteで紹介したスイーピングチェンジの逆版、つまりスイープしなくなったと解釈できます。この変化により左打者がハードコンタクト出来る程度の変化量のチェンジアップが増えた可能性は考えられます。

ただし16.1インチの変化はMLB平均を上回っていますし、十分スイープしているともいえます。そのため私はボールの動きの変化よりも、チェンジアップの制球力悪化が鍵ではないかと思います。

より具体的には浅いカウントでストライクが取れず、深いカウントでストライクをとりに行って甘い球を投げて打たれるという状況に陥ってるのではないかと思います。

浅いカウントの時にチェンジアップでストライクが取れていないアルカンタラ


浅いカウントでストライクが取れていない事を示したのが以下の表です。これは対左打者にチェンジアップを投げた時のカウント別のストライク率です。2022年と2023年を比べると1-1や2-2といったイーブンなカウントの時のストライク率が悪化している事が分かります。このようにストライクが取れれば一気に投手有利に持ち込めるカウントでストライクを取れていないのが今季のアルカンタラだと言えます。


2023年はイーブンカウントでのストライク率が悪化

最近公開されたSports IllustratedのTom VerducciのThe Secrets of the Rays’ Inexplicably Successful Pitching Development Machineという記事では、レイズが投手に初球ストライク率だけではなく各打席での3球目が終わった時点で、1-2あるいは0-2(+ファールボール)のカウントに持っていくように指導しているとされています。

この情報を元にAlcantaraについても分析した結果が次の表です。
・Alcantaraは全体の初球ストライク率(カウント0-0)と3球目ストライク率(2-0,1-1.0-2)が向上
・チェンジアップはいずれのカウントでもストライク率が悪化
となっており浅いカウントの時にチェンジアップでストライクを取れない傾向が顕著に表れています。

深いカウントの時に打たれているアルカンタラ


深いカウントで打たれる事を示したのが以下の表です。2022年と今季を比較して、左打者にチェンジアップを投げて打たれた打球(単打、2塁打、3塁打、HR)をカウント別で集計したものです。

今季は打席で4球以上投げた後にチェンジアップを打たれた割合が35%と前年の25%から増加しています。これはイーブンなカウントでストライクを取れず投手不利になった際に、ストライクを取りにいったボールを狙われているからではないかと思います。

このように今季のアルカンタラは対左打者に対してチェンジアップの制球力が悪化したことで苦戦していると考えられます。ではなぜ制球力が悪化したのか。これについてはMLBのルール改正に影響を受けているのではないかと思いました。

アルカンタラ不振の原因に関する仮説②:盗塁増加への対応失敗

今季からMLBで適用された新ルールの1つがベースの拡大です。このベースの拡大に起因して盗塁が増加しています。今季の1試合平均の盗塁数は0.71(現地8月4日終了時点)で21世紀で最多となっています。

この盗塁数の増加は出塁した打者の進塁が容易になり得点増加に寄与するという直接的な効果だけでなく、走者の進塁を気にした投手の投球リズムを崩すという間接的な効果も生み出しています。それらの効果を受けているのがアルカンタラではないかというのがこの仮説です。

この仮説を考えた理由は今季のアルカンタラの試合を見ていて大量得点が入るイニングが多いと感じたからです。昨年は32試合登板で7試合なかった4失点以上の試合ですが、今季は22試合登板で半数近い10試合で4失点以上を喫しています。

その10試合のうち5月30日のパドレス戦を除く9試合で3失点以上のイニングがありました。またこの10試合で合計11盗塁を決められている一方で、残る12試合では4盗塁しか決められていません。このように盗塁数が多いチームと対戦することで、直接的にも間接的にも影響されているように見えます。

具体的なケースも紹介します。7月2日のブレーブス戦です。ブレーブスは現在チーム盗塁数10位で、中でもロナルド・アクーニャJr.が51盗塁とチームを牽引しています。

マーリンズが2-1と1点をリードした5回裏のブレーブスの攻撃の場面です。先頭のオーランド・アルシアを打ち取りますが、続くマイケル・ハリスに出塁を許します。その後ハリスは盗塁とエラーで3塁へ、最後はワイルドピッチで同点に追いつかれます。

さらに続くアクーニャを四球で歩かせます。嫌な形で同点に追いつかれ、さらに盗塁数MLBトップのアクーニャが塁に出たことでアルカンタラにはかなりのストレスだったのでしょう。アクーニャに牽制球を投じた次打者オジー・アルビースへの初球でチェンジアップが甘くなりHRとなり逆転を許しました。

このブレーブス戦と同様のシチュエーションは他の試合でも見られました。盗塁数の多い打線に投げにくい傾向は今季4失点以上喫した10試合の対戦相手のうち6チームが盗塁数でMLB上位10位に入ることからも窺えます(CIN,ARI,OAK,SD,PHI,ATL)。逆に6月までの登板で1失点以下に抑えた3試合はMIN,BOS,CWSといずれも盗塁数が中位~下位のチームでした。

まとめ

今回はサンディ・アルカンタラの不振について仮説を紹介しました。アルカンタラの不振の理由については日米問わず明確にこれといった答えが示されていません。それは被wOBAが高くても空振り率は昨年と同水準だったりとアルカンタラの何が悪いのかが明確にしにくいからだと思います。

そんな難題に対して、①チェンジアップのイーブンなカウントでの制球力悪化と②盗塁数の増加が関係しているのではないかと仮説を提示しました。

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