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いのちをいただく

「お命頂戴仕る」は、さながら時代劇のようで物騒だが、武士道の世界では尊敬の言葉にあたる。お互いは命と命の真剣勝負であった。だからこそ、武士たちは命が尊く重いものであることは十分に理会していた。尊さを知るが故に、命が輝いて見え、美しかったに違いない。だから、「志」ある者に惹かれたのだろう。そういう志を持つ人に私も憧れる。
 本を読み始めて暫くして仏教に興味を持った。その流れで、ご縁があって親鸞聖人の祥月命日に勤まる「報恩講」に参加したことがある。その案内の通知に書かれた次の言葉で自問自答を繰り返す。

   なんのために 生きるのか
   理由がわからなくとも 結果がわからなくとも
   ただ 精一杯に生きるという生き方があるのではないだろうか
   食べられることなくただ木の上で腐っていく柿の実は問いかけている

 ご飯を食べる際、「頂きます」「ご馳走様」と声を発する。そもそも、これは何に対する言葉だろうか。確かに、作ってくれた人への感謝の気持ちは込められているが、それ以上に私たちは生きていた「いのち」を頂いているので、それらへの感謝の気持ちを表す。野菜や動物は、人間を含めた生物に食べられるために生きているわけではない。例えば、小さい、見た目が悪い林檎は市場にすら出ない。同じ林檎でありながら、人間の価値観で選別されてしまう。鳥にすら食べられない林檎はそのまま腐って終わる。しかし、その林檎でさえ懸命に生きている。
 日本では年間600万tもの食品ロスがある。これは世界全体の年間食糧支援量の2倍にあたる。これをどう考えるだろう。問題視されているものの、スーパーもコンビニも利益最優先だから目を瞑る。24時間営業はいつまで続くのか。こんな在り方でこれからを生きていく子どもたちはどうなるのだろう。こういう類いの問いからしても、政治に無関心ではいられない。
 ところで、Billy Joelさんの“Honesty”という曲を最近知った。古川誠さん著『りんどう珈琲』は千葉県の喫茶店が舞台となるが、そこでは様々な音楽が流れる。これはそのうちの1つである。本を介して、新しい音楽を知ることができるのは本の読む楽しさでもある。この曲の中に、“Honesty is such a lonely word. Everyone is so untrue.”という歌詞が出てくる。人間は神ではあるまいし、完璧ではない。私も不誠実であり、それを棚上げして、他の人に誠実さを求めてしまう。なんとも滑稽である。でも、それでいても人間であるし、食べられない林檎であったとしても、誰かに認められることがなくとも、生きていかねばならない。そして、このように伝えたいこともある。誰しも人間は完璧ではなく、不誠実な部分があると認めて、良い形で汲み取ってあげるくらいのゆとりが必要だなとは思う。生かされている以上、何かやるべきことが与えられている運命だと信じ、今日もただ精一杯生きる。

♬M.M. の「哲学対話P4S」コーナー♬
(P4S=Philosophy for studentsです)
<なぜ、人は恋愛するのか。>
 いきなり問いが深いですね。とりあえず、科学面で応えます。生物学的にいえば、人間は二足歩行になって脳が肥大化し、脳の働きが変化しました。「腹側被蓋野」は、恋に落ちるとドーパミンが大量に分泌され、心地よさが伝わります。一方、快楽や悦びを感じると、「扁桃体・頭頂側頭結合部」の動き(判断などの思想を司る部位)が鈍化し、“恋は盲目”状態に陥ってしまいます。ようするに、本能的に自分にとって何が快楽であり、悦びと感じるか。その一つが恋をすることだったというわけです。
 そもそも、生物には抗えない本能があります。進化していく中で、いらない機能は退化し、必要な機能だけが残っていきます。つまり、「恋をする」という機能は、何らかの必要性があるのでしょう。
 その役割とは優秀なる自分の遺伝子を残すことの現れだと言われます。男性は「島皮質」の活動が活発になり、視覚を活発に働かせます。本能的に女性が赤ちゃんを産める体かを判断しているようです。一方、女性は「帯状回」の活動が活発になり、記憶力が高まります。男性が責任を持って、自分と子どもを大切にしてくれるかどうかを判断しているようです。生物の中では父親(オス)が育児にかかわるのはおよそ1割と言われており、そこにヒトも含まれます。だからこそ、子育てを二人でやれるかどうかを女性は見極めているのでしょう。
 とはいえ、優秀な遺伝子を残すにあたり、世界中のすべての異性に出合うことは不可能ですから、自分に本当にふさわしい一人の人間を選び出すことはできません。だからこそ、身近な人で満足しなければならないのです。この何ともいえない理不尽な状況を解決させているのが「恋愛感情」なのです。“自分にはこの人以外考えられない”、“この人こそ私のすべて”と脳に刷り込ませることで、強烈なキュンキュン状態にさせ、周りの異性を排除して、途轍もない満足感を得るのです。世界にいる運命的な一人を探している間に、ヒトという種が滅びてしまうからこそ、悲しいかな、ある程度の異性で妥協する脳の進化?ともいえる「恋愛感情」を手に入れたのです。でも、一度炎がついてしまうと、もうその本能から逃れることはできません。凄いですよね。さすがに、恋をすると目の前のことを見失います。
 恋愛感情とはいうものの、恋と愛は全く別物です。恋は自分本位、愛は相手本位です。恋は一時的、愛は永遠です。ドーパミン大量分泌は体内負担が大きいため、悲しいことですが恋は長続きしないそうです。もって3年。自分自身を見失い、地に足がつかず、相手のいいところしか見えなくなってしまうくらい、狂ってしまうのですから、負担が大きいのは当然ですね。やはり、相手の良いところも悪いところも受け入れられる「愛」がいいです。
 最後に、子どもは協力してやるものだと思っています。決して母親だけがやるものではないですし、ましてや手伝うという範疇ではないでしょう。いろいろな悲しいニュースを見ると、神秘的に、奇跡的に生まれた赤ちゃんを授かったのですから、大切に育ててほしいと願わずにはいられません。

2021.10.29

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