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004:型としてのディスプレイ

3DCGこそがバルクであって,ディスプレイのガラスがサーフェイスとなっているのではないだろうか.3DCGはテクスチャとモデルから成立するものではなく,ガラスから連続する一つのモノとなり,このモノがディスプレイ内で空間となっている.モノ自体が空間となって,操作される.空間を操作する.

そのとき,テクスチャはサーフェイスとなるというか,バルクの一部となっている.サーフェイスはバルクの周囲にあるガラスやディスプレイのフレームということになる.ディスプレイというモノが3DCGの世界を切り取り,私たちの前に提示している.ディスプレイは「窓」として考えられているが,それは窓のようにこちらから見透すものではなく,3DCG世界を切り出す刃物に近いのではないか.いや,フレーム=型として捉えた方がいいのではないか.型としてのディスプレイがいかようにも設定できる3DCGを切り出してくる.

ディスプレイに切り出された3DCGはディスプレイというサーフェイスから連続するバルクとして,その内部を構成するようになる.その結果として,テクスチャ化されたモノが再度,微妙に原子配列が異なっていたり,汚れを吸着していたりするけれども一つのモノとして扱われ始める.ディスプレイをガラスとピクセルの発光素子という二つのテクスチャで考えるのではなく,発光するピクセルが構成するバルクとその四方を取り囲むサーフェイスという一つのモノとして捉えて,物理的なガラスとピクセルの明滅という現象という異なる存在を一つのモノとして扱えるようになる.

3DCGはモデルとテクスチャという関係を保ちながら,バルクとサーフェイスという関係のなかに組み込まれていく.

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